コラム

ノーベル賞が示す中国科学技術の進むべき道

2016年01月08日(金)16時55分

 第一に、トゥ氏の研究は先進国の先端分野を後追いするのではなく、漢方という中国の伝統のなかから有益な物質を探し出したことです。これは中国の科学者だからこそできることであり、このような中国に比較優位のある分野を伸ばしてこそ、中国の科学者たちが先進国とは異なる独創性のある研究成果を生み出せる可能性が高まると思います。先進国の後追いでは二番煎じの研究成果ばかり出てくることになるでしょう。

 第二に、開発した新薬はマラリアという熱帯固有の病気に効くものなので、研究成果が主に発展途上国の人々の役に立つことです。途上国のニーズは、中国など途上国の科学者の方がより切実に知っているはずであり、身近なニーズに応えることこそ途上国の科学者の第一の課題であるべきだと思います。もちろん、先進国の科学者が途上国の問題解決に寄与できないというわけではなく、現にトゥ氏と同時受賞した大村智氏らのエバーメクチンもフィラリア症など熱帯の風土病に効くのですが、やはり途上国の科学者のほうが自分たちの問題解決により強い動機を持つことができると思います。

 先進国の科学技術にキャッチアップすることにこだわるあまり、結局先進国の後追いの研究ばかり奨励し、かえって研究者の独創性を圧殺しているかのように見える中国の科学技術行政に対して、トゥ氏の受賞は重大な反省を迫るものではないかと私は思います。先進国の後を追っていれば「青い鳥(=ノーベル賞)」が得られると思って一生懸命にお金を使っていたが、実は足元の中国の大地に「青い鳥の素(=クソニンジン)」が生えており、それに気づいた女性が真っ先に青い鳥を得たのです。トゥ氏の受賞をそういうお話としてとらえれば、これまでの中国の科学技術政策が偏っていたことがよくわかると思うのですが。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ホンダがAstemoを子会社化、1523億円で日立

ビジネス

独ZEW景気期待指数、12月は45.8に上昇 予想

ワールド

トランプ氏がBBC提訴、議会襲撃前の演説編集巡り巨

ビジネス

英総合PMI、12月速報は52.1に上昇 予算案で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story