コラム

「世界陸上断念の女子陸上セメンヤ選手はただの女性、レイプのような検査をやめて出場させてほしい」

2019年08月29日(木)18時30分

今年5月、ダイヤモンドリーグ開幕戦の800メートルで快進撃を見せるセメンヤ選手 Ibrahem Alomari-REUTERS

<「レイプのような検査をされた上、選手生命を絶たれれば自殺するしかない」──セメンヤを「生物学的に男性」と決めつけた社会の無知が、「DSD(性分化疾患)」をもつ人々をいかに追いつめているか、日本DSD患者家族会連絡会のヨ・ヘイル氏に聞いた>

国際陸連の新規則で立ちはだかる大きな壁

7月末、南アフリカ出身の陸上女子中距離キャスター・セメンヤ選手(28歳)が、この秋に開かれる世界陸上ドーハ大会に参加しないことを代理人を通じて発表した。

男性に多いホルモンであるテストステロン値が生まれつき高いセメンヤ選手は、今後も女子陸上選手として競技に参加できるのか、できないのか。

この問題は過去何年もくすぶってきたが、昨年4月、国際陸上競技連盟(IAAF、「国際陸連」)が、テストステロンなど男性に多いホルモンが基準より高い女子選手が400メートルから1マイル(約1600メートル)の種目に参加しようとする場合、薬などでこれを人為的に下げる、とした新規則の採用を発表したことで、セメンヤ選手は取り消しを求めてスポーツ仲裁裁判所(CAS、本部スイス)に提訴した。今年5月、訴えは棄却。セメンヤ選手側はスイス最高裁に上訴した。

7月末、最高裁は、国際陸連のテストステロン規制の一時保留命令を撤回。2012年のロンドン五輪と2016年のリオデジャネイロ五輪で女子800メートルの金メダルを獲得したセメンヤ選手は、今後も競技を続けられるのかどうか。大きな壁が立ちはだかった。来年夏の東京五輪ではどうなるだろうか。

5月14日、国際陸上ダイヤモンドリーグ開幕戦のドーハ大会で800メートルに出場したセメンヤの走り


「薬を飲んで、人為的にホルモン値を下げる」行為が義務化されるというのは、英国に住む筆者からすると、同性愛者であることで性欲抑制剤を摂取せざるを得なくなった科学者アラン・チューリングをほうふつとさせ、人権の抑圧に見えてしまうのだが、皆さんはどう思われるだろうか。

その一方で、「高テストステロン症の女性を相手に競技するのはつらい」という他の女性選手の声をどう判断するのか、という点も考えなければならないのだろう。

セメンヤ選手とテストステロン値の問題を考慮する時、「女性で、高いテストステロン値で生まれた」ということは、どういうことなのかという疑問にぶち当たる。

「両性具有」ではなくDSD

セメンヤ選手のような体の状態にある人は、時として「両性具有」「男でも女でもない性別」などと言った言葉で説明されてきた。筆者自身もこうした言葉を使ってきた。

しかし、このような言葉遣いは実は不正確で、当事者を傷つける、侮辱的な表現にもなりかねないことを知った。

正しくは、国際陸連も使っている、性分化疾患、あるいは「DSD (Differences of Sexual Development)」(「体の性の様々な発達」状態)である。

DSDについての関係資料(文末に紹介)を読むと、以下のことがわかってきた。

例えば、普通、「男性の体にはこんな特徴がある」、「女性の体にはこんな特徴がある」という風に人は理解しているけれども、この「男性の体」あるいは「女性の体」には様々な発達の度合いがあって、従来の捉え方よりも、はるかに広いと考えてみてほしい。この点で、「もう一つの性」、あるいは「第3の性別」というジェンダー的考えとは異なる、DSDの実態がある。

生まれの性別と相入れない自認を持つトランスジェンダーの人々との大きな違いは、DSDが性自認の問題ではないこと。セメンヤ選手自身も、「女性として生まれ、自分を女性として認識して生きてきた」と述べてきた。

このようなDSDの概念は、筆者にとっては、全く新しいものだった。もっぱら、ジェンダー的観点からセメンヤ選手の問題を捉えてきたからだ。

そこで、DSDに詳しい非営利組織「ネクスDSDジャパン」(日本性分化疾患患者家族会連絡会)のヨ・ヘイルさんにじっくりと状況を聞いてみた。

プロフィール

小林恭子

在英ジャーナリスト。英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。『英国公文書の世界史──一次資料の宝石箱』、『フィナンシャル・タイムズの実力』、『英国メディア史』。共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数
Twitter: @ginkokobayashi、Facebook https://www.facebook.com/ginko.kobayashi.5

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story