コラム

五輪後の日本、反中は強まるか、「インド太平洋」構想に変化はあるか

2021年07月16日(金)19時15分
東京五輪

もし東京五輪開催中に感染が拡大すれば総選挙に影響も KIM KYUNG HOON-REUTERS

<菅政権が安倍前政権から継いだFOIP構想がどうなるかは、東京五輪と解散総選挙次第かもしれない>

安倍晋三前首相が2016年に提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想が脚光を浴びている。

インド洋と太平洋、アジアとアフリカを一体的に把握し自由貿易圏を確保しようとする壮大な図式は当初、麻生太郎外相(当時)が2006年に提唱した「自由と繁栄の弧」構想と同様に、理念先行の外交スローガンだと思われていた。

しかし、香港の民主派弾圧や新疆ウイグル自治区でのジェノサイド(集団虐殺)疑惑、尖閣諸島周辺での中国海警船舶の領海侵入に象徴されるように、中国が近年、強権的国内統治と対外的覇権志向を隠そうともしなくなるにつれ、米中対立が激化している。

米中間の全面的軍事衝突はあり得ず、経済紛争こそが新時代の冷戦に当たるとみるか、米ソが繰り広げた激烈なイデオロギー闘争こそが冷戦であり、現在の米中関係は経済的な「権益対立」にすぎないとみるか、見解は分かれる。

だがどちらにせよ、日本が提唱したFOIPは米中対立の激化とシンクロすることで大言壮語性を脱し、日米豪印4カ国(クアッド)が戦略的提携関係を構築しようとする際の対中封じ込め安全保障戦略の座を獲得しつつある。

他方で、環太平洋諸国による自由貿易圏を創出するTPPは、米トランプ政権発足直後の離脱宣言に見舞われた。しかし日本は茂木敏充経済財政相(当時)のイニシアチブで巻き返しを図り、2018年末に米国抜きのTPP11(CPTPP)を発効させた。

現在、英国や台湾も加入する方向であり、2019年の日EU経済連携協定(EPA)と並んで、日本が独自の戦略外交で獲得した成果になっている。菅義偉政権はそうした外交環境の恩恵を前政権から受け継いだ。

今後、菅政権は東京五輪閉幕後に解散総選挙の洗礼を浴びることになる。

ワクチン接種の進展、五輪での日本選手の活躍、野党共闘の機能不全などが有利に働けば勝利する可能性がある。だがその場合でも、安倍退陣後の暫定政権性を拭い、自前の外交政策を展開できるかは不透明だ。

安倍政権は日米同盟重視を基本としながらも、中国を刺激する靖国参拝を7年近くも封印した。

経済的実利を重視する官邸主導の対中配慮政策を牽引してきたとされる今井尚哉元首相秘書官は去り、代わりに菅政権では秋葉剛男前外務事務次官を筆頭とする外務官僚の存在感が増した。秋葉氏はFOIP構想のシナリオライターとも目されており、菅政権が続投になった場合、対中封じ込めFOIP路線は踏襲されるだろう。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story