コラム

パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972年ミュンヘン」の悪夢再来を防げるか

2024年04月16日(火)18時55分
パリ五輪の会場エッフェル塔スタジアム

2024年7月26日に開幕するパリ五輪に向けて準備が進められるエッフェル塔スタジアム(4月13日) Sarah Meyssonnier-Reuters

<セーヌ川を舞台に、スタジアム以外で開催される初の夏季五輪開会式を予定するパリだが、中東情勢の悪化でテロのリスクが高まっている>

2024年パリ五輪の開会式まであと100日余と迫った4月15日、エマニュエル・マクロン仏大統領は仏ニュース専門局BFM TVと民間ラジオ局RMCのインタビューに「テロのリスクが高すぎると判断した場合、セーヌ川での開会式には代替シナリオも存在する」との考えを示した。

イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)は同月13日、同国内から初めてイスラエルへ大規模な自爆ドローン(無人航空機)とミサイル攻撃を行った。中東の緊張は一気に高まる。イスラエルの空爆でシリアのIRGC対外工作機関「コッズ部隊」上級司令官を殺害されたことへの報復だ。

マクロン氏は「イスラエル本土に命中したのはわずか7発。フランス軍はヨルダンに駐留しているため、米国の調整の下、イスラエル側にいる。イランを孤立させ、核開発への圧力を強化することで、エスカレーションを防ぐようイスラエルを説得している」と説明した。

イランの攻撃でヨルダン領空が侵犯されたため、フランス軍は戦闘機を出撃させ、イランの自爆ドローンを迎撃した。フランスの優先事項の1つがパレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスに拘束されているフランス人3人を含む人質の解放だ。

大会期間中の「五輪休戦」を提案

マクロン氏は「オリンピズムは時に戦争状態の国々を和解させることができる」と大会期間中、古代ギリシャ時代からの伝統である「オリンピック休戦」を提案した。ウクライナを侵略したロシアは五輪には招待されていないが、国旗を持たず国歌を歌わない選手は出場できる。

ウクライナ、中東、スーダンの平和外交の瞬間になるようマクロン氏はパリを訪問する中国の習近平国家主席に協力を要請することを明らかにした。

ハマスが昨年10月、イスラエルを攻撃したことに端を発する戦争の死者はパレスチナ側3万4262人以上、負傷者8万1215人、行方不明8000人以上にのぼる。(4月15日、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラまとめ)

「選手たちには良識、マナーの順守を求める。政治的駆け引きや攻撃的な態度は控えてほしい。イスラエルはテロの被害者で、攻撃者だとは言えない。それに対する爆撃で多くの民間人が命を落としている。だからこそ人道的停戦を求めている」とマクロン氏はイスラエルを擁護した。

しかし、自衛権行使の範囲を逸脱した無差別報復を続けるイスラエルへのパレスチナの憎悪とイスラム世界の反発は強まっている。イスラエルの選手ら12人がパレスチナ武装組織「黒い9月」メンバー8人に殺害された1972年ミュンヘン五輪の悪夢の再現を懸念する声すらある。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story