コラム

戦争ですり潰される若者たちの命...ウクライナの最前線で散った24歳の「英雄」

2022年06月21日(火)17時17分

ロマンは他の学生と同じように、催涙ガスを使用する治安部隊にひどく打ちのめされた。その姿に怒りを覚えた何十万人ものウクライナ市民が独立広場に結集する。市民はヤヌコビッチ氏の背後にプーチン氏を見た。プーチン氏は天然ガスを武器に「逆らうと冬を越せない」と脅してきた。04年の「オレンジ革命」は天然ガスの脅しに屈して挫折した。

「尊厳の革命」と呼ばれる「マイダン革命」で、ヤヌコビッチ氏は抗議活動を鎮圧するため治安部隊に銃撃を命じた。すでに市民の中には治安部隊に棍棒で殴られ、命を落とす犠牲者が出ていた。市民側に108人もの、治安部隊にも13人の犠牲が出た。ヤヌコビッチ氏は14年2月、失脚しロシアに逃れたが、プーチン氏は間髪入れず、クリミアに侵攻した。

「ウクライナに栄光あれ!」

ロシア軍のウクライナ侵攻は、挫折した「オレンジ革命」、そしてウクライナ市民が覚醒した「マイダン革命」の延長線上にある。ロマンは欧州人権裁判所にヤヌコビッチ政権を相手取り訴訟を起こしている。21歳の時、緑豊かなプロタシフ・ヤールに40階建てマンションが建設されるのに反対する環境保護運動を始めた。

住民を動員して抗議行動や法廷闘争を展開し、2年がかりで建設中止に追い込んだ。実業家や政治家に脅されても決して屈しなかった。キーウ市議会も、プロタシフ・ヤールを含む一帯が「公共緑地」として保護されていることを確認した。ジャーナリストのナタリヤ・グメニュク氏は米紙ワシントン・ポストへの追悼記事の中でこう書いている。

「ロマンはマイダン革命の5年後、私たちのチームの取材に応じている。『この国では完全に自由な人間だと感じているし、この国は自分のものだとも感じている。もし何かあっても、この国は私を見捨てないだろうと信じている』、と」。ロマンはウクライナの腐敗撲滅運動にも参加した。20年には地元の市議選に立候補し、落選している。

220621kmr_uyc03.jpg

ウクライナ軍兵士に担がれるロマン・ラトゥシニ氏の棺(筆者撮影)

独立広場での公葬にはロマンに共感した若者たちがウクライナ国旗を身にまとって、集まった。ウクライナ軍兵士6人に担がれてロマンの棺は運ばれてきた。弔辞が読み上げられ、悲しげな音楽が奏でられる。参列者は涙をうかべながら「ありがとう、ロマン」と唱え、「ウクライナに栄光あれ!」と声を合わせた。

ロマンがマイダン革命に参加した時と同じ16歳のレビッド・ダリアさんは「私が今日ここに来たのは、私が知る中で最も勇敢で、スマートな彼が戦争で命を落とし、悲しかったからです。だから敬意を示したかったのです。彼は前線に行くまで活動家でした。彼は自由を愛したのです」と話した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ビジネス

午前の日経平均は大幅続伸、5万円回復 AI株高が押

ワールド

韓国大統領府、再び青瓦台に 週内に移転完了

ビジネス

仏が次世代空母建造へ、シャルル・ドゴール後継 38
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 6
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story