コラム

EUの政治は9月のドイツ総選挙次第、対中・対ロで英米と一線を画す

2021年07月09日(金)16時35分
ドイツのメルケル首相と中国の李克強首相によるオンライン政府間協議

4月下旬、ドイツのメルケル首相は中国の李克強首相と6回目の政府間協議を開いた Michele Tantussi-Pool-REUTERS

<27カ国の欧州連合は離脱した英国に不満たらたら。外交・安全保障や人権問題でも英米と足並みをそろえる気はないが、それには明確な理由がある>

英国が国民投票でEUからの離脱を選択してから、6月23日で丸5年になる。

欧州議会が今年4月、離脱後の貿易ルールを定める英EU通商協力(無関税)協定について最終的に承認したものの、いまだに宿題として残る北アイルランド(EU圏のアイルランドと地続きで事実上「国境」がないため、管理が困難)の通商や金融市場へのアクセスをめぐる溝は、埋まるどころか、逆に広がっているように感じられる。

コロナ危機で世界に先駆けワクチンの集団接種に成功した英国に対して、27カ国から成る大所帯のEUは完全に出遅れた。しかも英製薬大手アストラゼネカのワクチン供給が滞ったため、フラストレーションを英国にぶちまけた。

反EUの極右勢力が国内で台頭するフランスやドイツにとり、英国がEU離脱によって成功するのはあってはならないシナリオだ。

離脱後の通商協力協定には紛争解決の手段が書かれている。しかし実際の運用がどうなるのか、これから英EU間の溝が広がるのか縮まるのかは全く見通せない。

はっきりしているのは、離脱によって英EU関係がよくなることはあり得ないという現実だけだ。

しかしコロナ危機で当面の間、英EU双方の最優先課題は国内経済の復興になる。そのためには双方の通商関係を損なうわけにはいかないはずだ。

外交・安全保障では、6月のG7首脳会議のホスト役を務めた英国が米国と「新大西洋憲章」で合意し、80年前に構築された英米の「特別な関係」を強調した。

一方、EUの大黒柱であるアンゲラ・メルケル独首相は、英EU離脱やドナルド・トランプ前米大統領の「米国第一主義」に巻き込まれないよう、欧州は独自の道を進むと宣言してきた。

今年9月のドイツ総選挙でメルケル首相は政界の表舞台から退く意向だが、EUの政治は2009年からの欧州債務危機を機にドイツを軸に回転するようになった。だから新しい政権がドイツに誕生するまで欧州は動かない。

ドイツは自動車の現地生産・販売で中国に生命線を握られ、石油・ガスの資源や製品の輸出をロシアに依存している。表向き英米と足並みをそろえて中国やロシアへの懸念や憂慮を表明しても、対中、対ロ関係を有利に運ぶための手段でしかない。

中国との間では、香港の民主主義や新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧に対する国際社会の批判が高まる最中に、メルケルはオンライン形式で6回目の政府間協議を開いた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:トランプ税制法、当面の債務危機回避でも将来的

ビジネス

アングル:ECBフォーラム、中銀の政策遂行阻む問題

ビジネス

バークレイズ、ブレント原油価格予測を上方修正 今年

ビジネス

BRICS、保証基金設立発表へ 加盟国への投資促進
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story