コラム

フレンチ・パラドックスが生み落とす「親EU大統領」マクロン

2017年05月02日(火)18時15分

シンクタンクの欧州外交評議会(ECFR)の上級政策研究員フランソワ・ゴッドメントによると、フランスの歴代大統領は大統領選で欧州を語る時、常に慎重さを求められてきた。

ジャック・シラクは「欧州の中でフランスの地位を最大限に守る」と強調し、ジスカール・デスタンやフランソワ・ミッテランはドゴール主義の伝統に基づき「フランスの平和と安全を守るには仏独関係が重要だ」と唱えた。世界金融危機と欧州債務危機に苛まれたニコラ・サルコジとフランソワ・オランドは大統領選では、欧州についてほとんど語らなかった。

故郷でブーイング

フランス人は喫煙率が高く、バター、肉といった動物性脂肪の摂取量が多いのに、心疾患による死亡率が低い。「フレンチ・パラドックス(矛盾)」と呼ばれるこの現象は、赤ワインの飲酒によって起きると考えられている。反EUのルペン、メランションが合計で40%を超える支持を集める中、EU統合の深化を唱える「マクロン大統領」が誕生するのは「フレンチ・パラドックス」そのものだ。

マクロンという「上質の赤ワイン」は、グローバリゼーションやデジタイゼーションを拒絶するフランスのブルーワーカーや農業従事者の心を解きほぐし、スマートフォンのアプリを利用した自動車配車サービス、Uber(ウーバー)や外食配達サービス、deliveroo(デリバルー)などの新しい形態のエコノミーを受け入れるよう説得できるのだろうか。

マクロンの生まれ故郷、フランス北部アミアンでは、アメリカの家庭用電化製品メーカー、ワールプールの工場が来年6月に閉鎖され、労働賃金の安いポーランドに移転されることが決まった。600人以上が職を失う恐れがある。第1回投票後の4月下旬、アミアンを訪れたルペンは歓迎され、マクロンは激しいブーイングに見舞われた。フランスはグローバリゼーションやデジタイゼーションによって完全に分断されている。

フランスの大統領には強い権限が与えられているとは言え、政党の基盤も持たないマクロン1人にすべてを期待するのは過剰というものだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルに人質1人の遺体返還、残り1人か ラファ

ビジネス

米の同盟国支援縮小、ドルの地位を脅かす可能性=マン

ワールド

トランプ政権、燃費規制の大幅緩和提案 ガソリン車支

ワールド

ヘグセス長官の民間アプリ使用は問題、「米軍危険に」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 6
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story