コラム

トランプノミクスで米中貿易戦争が勃発? 交代したグローバル経済の主役

2017年01月19日(木)18時30分

 習近平はトランプを名指しするのを避けたが、トランプの経済政策トランプノミクスを「愚かだ」と見下しているのは言うまでもない。そしてグローバリゼーションに注目を集めることで、南シナ海の要塞化に対する国際批判を巧みにかわしてみせた。外交手腕でも「オレ様」トランプよりはるかに上手だという印象を植え付けるのに成功した。

 どこまでトランプノミクスが実行されるのか誰にも分からない。スタート時点から不確実、予測不能なのだ。トランプノミクスの柱を見ておこう。

 【トランプノミクスの柱】
 (1)民間投資を促し、10年以上にわたって高速道路や橋、トンネル、空港、学校、病院など1兆ドルのインフラ整備を行う
 (2)2500万人の雇用創出、年平均3.5%の経済成長を実現
 (3)法人税率を35%から15%に引き下げ
 (4)環境とエネルギー分野の規制緩和
 (5)中国からの輸入品に45%、メキシコから輸入している自動車に35%の関税をかける

 トランプが公約通り、財政を拡張して景気を浮揚すればインフレになる。米連邦準備理事会(FRB)は利上げせざるを得ず、為替はドル高に振れるというのが今のところ市場の読み筋だ。このシナリオ通りなら、米国の輸出に対する逆風は強まる。

貿易戦争の狼煙

 中国の人民元や欧州単一通貨ユーロ、日本円が安くなり対米輸出に追い風が吹くが、トランプはこれを「国境税」をかけてせき止めるというのだから馬鹿げている。日本もターゲットにされているが、15年の世界貿易機関(WTO)データでは中国やドイツと違って日本は貿易赤字国なのだ。

kimura201701191602.jpg
出所:WTOデータをもとに筆者作成

 自動車メーカーが自動車を製造、米国に輸出しているためトランプのやり玉に挙げられたメキシコは先のIMF世界経済見通しで17年も18年も下方修正された。新興国・途上国からドルを吸い上げ、米国本土に呼び戻して成長を促すのがトランプノミクスだが、「国境税」という名の関税は相手国の報復関税を呼び、貿易戦争の狼煙となる。

【参考記事】トランプ初会見は大荒れ、不安だらけの新政権

 世界貿易の不均衡を是正するには、ドル安、人民元高、ユーロ高に誘導するか、米国のような貿易赤字国が輸入を減らして赤字を減らすか、中国のような貿易黒字国がもっと消費して輸入を増やす必要がある。トランプノミクスが市場の読み通り、米国の経済成長→インフレ→利上げ→ドル高と動けば、輸入に順風、輸出に逆風が吹き、さらに米国の貿易赤字が膨らむ悪循環に陥る。ドル高が続くとトランプノミクスはすぐに息切れするのは目に見えている。

 世界銀行のリード・エコノミストだったブランコ・ミラノヴィッチ氏らの「エレファント(象の)カーブ」は「この10年で最も影響力を持ったチャート」と言われている。右側が長い鼻で、象のように見えることから「エレファントカーブ」と呼ばれるようになった。

kimura201701191603.jpg
出所:レゾルーション・ファンデーション報告書より筆者加工

 グラフの縦軸は国民1人当たりの家計所得が1988年から2008年までの20年間にどれだけ伸びたか、横軸は超富裕層(右端)から貧困層(左端)まで所得分布階層を順番に並べている。世界トップ1%の超富裕層と50~60辺り(横軸)に位置する中国の中産階級が勝ち組となり、80前後(同)の先進国の下層中産階級や労働者階級が負け組に転落したことが一目瞭然だ。

 習近平のアジアインフラ投資銀行(AIIB)と経済圏構想「一帯一路」は、「強い米国」の復活を目指すトランプの米国第一主義(アメリカニズム)にかかわらず、拡大し続けるのはもはや避けようがなくなってきた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story