コラム

中国人民元が基軸通貨になり得るこれだけの理由

2021年03月10日(水)15時30分

デジタル人民元の真の狙い

中国は金融市場における人民元のシェアを拡大させるため、デジタル人民元というある種のゲリラ戦もスタートしている。中国は各国に先駆けて通貨のデジタル化を進めており、昨年末から大規模なデジタル人民元の実証実験を開始した。

利用者はスマホに専用口座(ウォレット)を開設することで自身の預金口座からデジタル人民元を引き出すことができるが、使い勝手としては従来の電子マネーと大差はない。中国は既にキャッシュレス大国となっており、多くの国民が電子マネーを日常的に使っているので、デジタル人民元もスムーズに流通するだろう。

これは国内市場の話だが、中国がデジタル人民元の実用化を急いだ最大の理由は、中国との関係が深い諸外国で人民元を流通させるためである。中国は近年、アフリカやアジアへの経済支援を強化しており、各地域に中国経済圏を構築しつつある。「一帯一路」計画も、ユーラシア大陸における経済圏確立が最終的な狙いである。

しかしながら、今の状況で中国が経済援助を行っても、支援を受けた国の貿易は基本的にドルが使われるので、やがてドル経済圏に取り込まれてしまう。だが、支援国の国民に対して、デジタル人民元を使った小口現金決済サービスを提供すれば、大口資金とは別のルートで人民元を普及させることが可能となる。

最初はごく小さな取引かもしれないが、支援地域における個人や法人の送金の一部がデジタル人民元に置き換われば、チリも積もればで、最終的には大きなシェアになる可能性がある。現時点でドルの優位性は盤石だが、多くの調査機関が2030年前後に米中経済が逆転して中国は世界最大の国家に成長すると予想している。この間に中国の内需経済シフトや米中デカップリング、デジタル人民元のシェア拡大などの要因が重なった場合、基軸通貨ドルの覇権が一部、切り崩される可能性があることは否定できない。

資本市場の一部では、アメリカの長期金利上昇や仮想通貨(暗号資産)の価格上昇など、人民元の台頭とドルの価値毀損が徐々に意識され始めている。これまで日本円は、米ドルとの関係性の中で存在価値を保ってきたが、米ドルの覇権が崩れた場合、最も影響を受ける可能性が高いのは日本円である。

日本円を英ポンドのように独自通貨として存続させるには相応の戦略と準備が必要となるが、日本社会には通貨戦略という概念が乏しい。中国は、地方銀行を中心に邦銀に対しても人民元決済システムの提供を着々と進めている。このまま何もしなければ、日本円が人民元の付随通貨として中国経済圏に取り込まれる可能性は確実に高まるだろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン再攻撃計画か、トランプ氏に説明へ

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story