コラム

景気についての議論で「皮膚感覚」を軽視してはいけない理由:厚労省の不正統計問題から考える

2019年02月05日(火)14時05分

日本企業にとっての頼みの綱だった米国経済は、米中経済戦争の影響でスローダウンが予想されている。今年の春闘ではトヨタ自動車労組がベア(ベースアップ)要求に具体額を盛り込まないことを決めるなど、賃金抑制圧力はむしろ高まっている。働き方改革で残業が減ったところも多く、その分、年収がダウンした社員も多いはずだ。

何よりも、国内消費が極めて弱く、賃金が順調に上がっている雰囲気はまったく感じられなかった。

多くの専門家は、賃金が上昇しているのは一部の大企業や公務員だけであり、中小企業の環境は依然として厳しい状態にあり、これが消費を抑制していると解釈していた。また、非正規社員やフリーランスの人にシワ寄せが行っている可能性も指摘されていた。

結局のところ、賃金は上がっていなかったということなので、「やっぱり」という話になる。

皮膚感覚を軽視してはいけない

筆者は昨年、「賃金は上がっていても、企業は基本的に昇給に抑制的であり、こうした傾向は今後も継続するので消費には逆風が吹いている」という記事を何度か書いた。このような記事を書くと、しばしば一部から、常軌を逸した批判を頂くことがある。日本経済が良くないというトーンの記事を書くのは「売国奴」だといった内容である。

景気が戦後最長という話についても同じである。「景気が回復しているといっても、多くの人にとって実感は湧いていないはずだ」などと書くと、同様の激しい批判を受ける。

数字上、賃金は上がっていても、消費というのは個人のマインドから大きな影響を受ける。経済学では収入の一定割合が消費されると仮定して分析を行うが、そこには一定のブレがあることは考慮する必要がある(しかも今回の件については、賃金が上がっているという話そのものがウソだったので、議論の土台が違っていた)。

また、戦後最長の景気といっても、それは期間の話であって成長率の話ではない。諸外国に比べて成長率が低い状態では、輸入において相対的に不利になるため、貧しく感じるのは当たり前であり、多くの人に景気拡大の実感が湧かないのはむしろ自然なことである。

経済について分析する際、各種統計をベースに数字で議論するというのは、基本中の基本といってよい。

だが一方で、日常生活における皮膚感覚についても、決して軽んじてはいけないと筆者は考えている。数字と皮膚感覚は最終的には一致するものであり、もし両者に乖離があるのだとすると、あるタイミングで、どちらかに収束する可能性が高いからである。

日本はかつて1人あたりのGDP(国内総生産)が2位になったこともあるが、当時、「日本は貧しくなっている」などと感じる人はほとんどいなかったはずだ。

タテとヨコ、そして感覚を加えれば分析はより確実になる

経済が良い状態なのか悪い状態なのか適切に議論するためには、筆者は以下の3項目が重要だと考えている。ひとつは「タテ」、もうひとつは「ヨコ」、最後は「感覚」である。

タテというのは、過去に遡って分析することである。景気が戦後最長という話はまさにその典型だが、最長なのは期間であって、成長率が過去最高という話ではない。基本的に人間は成長率が高いと豊かさを実感する傾向が強く、国民の満足度を高めるためには高い成長率が欠かせない。

過去に遡って成長率を比較すれば一目瞭然だが、近年の日本の成長率は極めて低く、この状態で国民が豊かさを実感するのは難しいということが分かる。

ヨコというのは他国との比較である。日本は経済活動の多くを貿易に依存しており、他国との比較は避けて通れない。日本がいくらデフレだといっても、諸外国で物価が上がれば、輸入品の値段は一方的に上昇する。国内での稼ぎが同じなら、諸外国で経済が拡大して物価が上がった分、日本人が買えるモノの量は減ってしまう。

過去5年間の日本における実質成長率の単純平均は1.3%である。これに対して米国の成長率は2.2%、ドイツの成長率は1.8%である。一般的に豊かだと言われている国は、成長率も高いという現実を考えると、常にヨコの比較を行うことが重要である。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

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