コラム

今度は元慰安婦の賠償請求却下、韓国では一体何が起こっているのか?

2021年04月22日(木)11時16分

しかし、この4月21日、この状況に逆行するかのような判決が、同じソウル中央地裁から出される事となる。即ち、このやはり元慰安婦等を原告とする裁判において、今度は主権免除を理由に、韓国裁判所自らの裁判権を否定し、日本政府への慰謝料請求を求める原告の請求を却下する判決が出されたのである。この前日にはやはり同じソウル中央地裁が、1月に出された慰安婦問題に関わる判決について、原告等による裁判費用を求める強制執行を「国際法に反する結果を招く事になる」として否定する決定を出した事も明らかになっている。

僅か数カ月の間に全く相反する判決が出され、しかも同じ裁判所が出した判決の履行の為の強制執行を「国際法に違反」とする決定までが下される。こうしてみると韓国の裁判所、とりわけ今回の出来事の中心となっているソウル中央地裁は酷く混乱している様に見える。

それでは韓国では何が起こっているのだろうか。この点を理解する為に知らなければならない事は幾つかある。一つはそもそも韓国においては、裁判所がこれまでの判決を覆し、法律に関わる新たな解釈を下す事が極めて頻繁にある事だ。背景にあるのは、民主化以降に培われた韓国固有の法文化、とも言えるものである。

急ごしらえの民主制度

即ち、長らく権威主義体制下に置かれた韓国では、1987年の民主化以後様々な改革が行われて、今日に至っている。しかしながら、この様なこの国の急激な社会の変化は、必ずしもそれに伴った適切な法改正を伴わなかった。政党が離合集散を繰り返し、与野党が激しく対立する韓国では、2020年4月まで、国会議員選挙において特定の政党が2/3を超える圧倒的多数を占める事はなく、故に大規模な法改正は容易ではなかったからである。

例えば、その憲法は1987年、大規模な民主化の中、急ごしらえで作られたものであり、当時の与野党による政治的妥協の産物である。その典型的な表れは、大統領の任期を1期5年に限る一方で、国会議員を4年、大法院法官を6年とする、変則的な制度であり、結果、韓国では大統領毎に国会議員選挙を迎えるタイミングや、任命できる大法院法官の数が大きく異なる、という奇妙な事態が続いてきた。

そしてこの様な状況に対して韓国では、時に、法律そのものを変えるのではなく、その解釈を大胆に変える事で、新たな状況へと対処する事を行ってきた。こうして行政府、更には後に司法府は「時代的要請」に答えた、「望ましい結論」へと導くように、新たな法律的解釈を積極的に打ち出す事が求められる様になる。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

和平計画、ウクライナと欧州が関与すべきとEU外相

ビジネス

ECB利下げ、大幅な見通しの変化必要=アイルランド

ワールド

台湾輸出受注、10カ月連続増 年間で7000億ドル

ワールド

中国、日本が「間違った」道を進み続けるなら必要な措
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 7
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 8
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 9
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story