コラム

安倍晋三を朝鮮半島で躓かせたアナクロニズム

2020年09月11日(金)11時35分

歴史修正主義的な第二次安倍政権は韓国や北朝鮮に敵対的であり、だから彼らとの関係改善に消極的だ──この様な一般的な印象とは異なり、第二次安倍政権は歴代の政権と比べても南北両国との関係を重要視、彼等なりにこれとの関係改善を試みた政権であった。にも拘わらず、この政権が韓国や北朝鮮との関係改善に否定的であったかのように見做されるのは、その外交が相手側の好感よりも寧ろ反発を生んだ事、そしてその目指した方向が南北両国が求めるものとは異なっていたからである。

例えば、韓国の政府や世論は日本側の明白な謝罪と法的賠償に基づく、歴史認識問題を求めており、北朝鮮は拉致問題や核開発問題の解決の前に、日本からの経済的支援を得る事を目指していた。これに対して第二次安倍政権が目指していたのは、韓国との間では従来の条約に基づいた関係を維持する事であり、また、北朝鮮との間ではまずは彼らの側が、拉致問題や核開発問題を解決することだった。異なる目的を掲げたが故に、第二次安倍政権は韓国や北朝鮮から自らに敵対し、友好関係を妨げる存在と見做されたのである。

中国にも北にも接近した韓国

ともあれこの時期、これらの政治的目的の実現のために積極的に動いたのは、韓国や北朝鮮ではなく、日本の側だった。しかしそれなら第二次安倍政権下の南北両国へのアプローチは、何故に積極的な成果を挙げる事ができなかったのだろうか。結局、それはこの政権の両国へのアプローチが朝鮮半島の両国への「古い理解」について行われ、そこで使われたのも「古い手段」であった事にあると言える。例えば、第二次安倍政権発足当初の日本では、ほぼ同時期に成立した朴槿恵政権に対して、「保守的であるが故に親日的」であるとする理解が公然と唱えられた。そこには、冷戦期同様、「韓国の保守派」は中国や北朝鮮に敵対し、これと対峙する為に日米両国との連携を必要とする筈だ、という「古い理解」が存在した。だからこそ、朴槿惠政権は自らの側に歩み寄り、協力関係を気づくことが可能だと考えた。昨年の輸出規制措置発動に見られたのは、日韓の経済関係は韓国側が日本側の技術力に依存する垂直的なものであり、だからこそ日本側が経済的圧力をかければ、韓国財界が動き、政府や世論に対して、日本への譲歩を求める方向で影響を与える筈だ、という「古い理解」だった。日韓両国が対立すれば共通の同盟国であるアメリカは困り、両者の中でより重要な日本の意思に沿って韓国に圧力をかける筈だ、という「古い理解」も存在した。

そしてこれらの「古い理解」に基づく、経済力やアメリカの影響力を用いた圧力という「古い手段」を用いた韓国への揺さぶりが空振りに終わったのは、それが既に韓国、更には朝鮮半島を巡る国際関係の今日の現実から乖離していたからであった。自らの経済を輸出に大きく依存する韓国にとって、中国は最大の輸出先であり、だからこそ韓国の財界は中国との良好な関係を求めている。だからこそ、韓国財界と近い関係にある「韓国の保守派」は、安全保障上の理由でアメリカとの関係を重視する一方で、同時に中国との関係をも重視するようになっている。サムスン電子をはじめとする韓国のハイテク産業は、甞てと比べれば日本企業への依存を小さくしており、系列化が崩れ産業のグローバル化が進む中では、他国から部品を調達する事も難しくなくなっている。日韓の慰安婦合意を仲介したアメリカ政府は、安倍首相とトランプ大統領の個人的には良好な関係にも拘わらず、慰安婦合意の事実上の無効化や徴用工問題で日本の為に動いてはくれない。つまり、第二次安倍政権が期待した「韓国の保守派」や財界、そしてアメリカ政府は現実には存在しなかったことになる。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

メキシコ政府、今年の成長率見通しを1.5-2.3%

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン

ビジネス

マネタリーベース3月は前年比3.1%減、緩やかな減

ワールド

メキシコ政府、今年の成長率見通しを1.5-2.3%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story