コラム

韓国のG7参加を嫌う日本と冷静な韓国との差異

2020年06月05日(金)08時05分

とはいえ、今日の韓国における複雑な空気は、米中対立への憂慮のみでは説明できない。欧州諸国が過半数を占めるG7では、中国への対決姿勢において各国がアメリカと歩を一にしているとは言えず、トランプ大統領ではこれまでの会合でも孤立気味の状況になっている。単独の米韓首脳会談であればともかく、ことG7においてはアメリカの影響力は卓越したものではなく、韓国はその主張に過度に配慮する必要はない筈である。

にも拘わらず、10年前なら真っ先に飛びついたであろう韓国で、トランプ大統領の提案を必ずしもこれを歓迎しない空気が流れているのは、そもそもこの会議の枠組みである「G7」が韓国にとってかつての様な輝きを見せていないからである。古い「列強」の流れを引く「G7」の枠組みは、本来、これが作られた1970年代の国際状況の産物であり、それから半世紀近くを経た今、世界はその姿を大きく変えてしまっている。EU離脱問題に揺れるイギリスや、世論の分裂に苦しむアメリカ、更にはイスラム勢力によるテロに怯える欧州諸国の姿はそれを典型的に示すものであり、何よりもアメリカと欧州における新型コロナウイルスによる多大な被害は、「古い列強が世界に理想のモデルとして君臨した時代」の終わりを象徴的に示すものになっている。

流行らなくなった「古い先進国」モデル

もっとも「古い先進国」がモデルとしての輝きを失ってきたのは、今にはじまった話ではない。事実、第二次大戦後の新興国の多くは、「G7」に代表される様な先進国の在り方とは一定の距離を置いてきた。例えば、今日一人当たりGDPにおいて日本を遥かに凌駕するシンガポールは、かつて「先進国クラブ」と呼ばれたOECDに加入を申請していない。その民主主義の在り方においても、シンガポールの在り方は古い民主主義国とは一線を画すものになっており、彼らが「古い先進国」とは異なる国家の在り方を模索している事は明らかである。サウジアラビアは豊富な資源を生かして、イスラム諸国を中心に多大な援助を行っているが、彼らはOECDは勿論、その下部機構であるDACにも参加しておらず、だからこそ、その縛りに囚われることなく、自らの利益に忠実に、自由な形で援助を実施している。そしてその理由は明らかだ。「古い先進国」をモデルにすることは、同時に彼らの将来に対して大きな制約となり、時に多大な負担を甘受することを意味するからだ。

そうした多くの新興国と比べた時、1996年にOECDに加入し、2010年にDAC入りを果たした韓国は、実は、かつて日本も歩んできた「古い先進国」のモデルを忠実に追いかけて来た数少ない新興国の一つであり、だからこそG7入りは──日本にとってそうであったように──本来なら、彼らが「古い先進国」、更には「列強」の仲間入りを果たすための最後の、そして重要なゴールの一つである筈だった。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

街角景気10月現状判断DIは2.0ポイント上昇の4

ワールド

タイ、カンボジアとの停戦合意履行を停止へ 国防相が

ワールド

27年のCOP32開催国、エチオピアに決定へ=CO

ビジネス

米ボーイング、777X認証試験の次フェーズ開始承認
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 7
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 8
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 9
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 10
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story