コラム

韓国「巨大与党」誕生の意味

2020年04月20日(月)10時40分

新型コロナ感染防止のためのマスクと手袋をして投票に向かう文在寅大統領。政府のコロナ対策の人気が、与党の思わぬ追い風になった(4月10日、ソウル) Yonhap/REUTERS

<総選挙での与党勢力の歴史的大勝利によって、文在寅は野党の反対も気にせず法案を通し、世論を恐れず外交を展開できる力を得た。その力を、一体どう使うのか>

大統領制を取る多くの国家では原則として、大統領は議会の解散権は有していない。だからこそ、これらの国では憲法の改正等、よほどのことがない限り、議会選挙は定められた議員任期に併せて定期的に行われる事になる。

そしてその事はこれらの国においては、大統領の側が自らの都合で議会選挙のタイミングを選べない事を意味している。言い換えるなら、大統領制下における行政府の長は、自らの支持率がどんなに低くても、また、国家がどんな非常時にあっても、議員たちの定められた任期の終わりになれば議会選挙を是が非でも実施しなければならない義務を有している。だからこそ、時に大統領制の国々では不利なタイミングで議会選挙を行うことを余儀なくされ、その選挙で敗北して議会の多数を失い、自らの任期の後半をレイムダック化した状態で過ごす大統領が生まれる事になる。

新型コロナの逆風が一転

韓国の文在寅にとって、本来、今回の国会議員選挙はその様な「不利なタイミングの選挙」の筈だった。その理由の第一はこの選挙のタイミング自体にあった。大統領の任期が5年であるのに対し、国会議員の任期が4年である韓国──この変形的制度は本来、1980年代の民主化過程における与野党の政治的妥協の産物である──には、各々の大統領が自らの任期中において迎える国会議員選挙のタイミングが異なるという特異なシステムが存在する。当然の事ながら大統領にとっては、自らの支持率が未だ高い大統領選挙直後にこの重要な国政選挙が行われる方が望ましい。何故なら逆に自らの任期末期に選挙が行われれば、支持率を低下させた大統領に引きずられる形で与党が敗れる可能性が高くなるだけでなく、与党自身もまた選挙に勝利する為に大統領に反旗を翻して、次期大統領選挙の有力候補者を中心に新たなまとまりを作り上げてしまう可能性が生まれるからである。

2017年に大統領に就任した文在寅にとって今年、2020年の国会議員選挙は任期3年目、つまり後半に入った時期に位置していた。だからこそ、仮に歴代大統領同様、支持率を大きく低下させた状態でこの任期後半の選挙を迎えていれば、選挙に大敗した文在寅政権は、本格的なレイムダック状況に突入してもおかしくはなかった。そして文在寅にはもう一つ悪材料があった。言うまでもなく、昨年末に中国は武漢から始まった新型コロナウイルスの蔓延がそれである。1月半ばに初めてのこのウイルスの感染者を出した韓国では、2月に入ると大邱・慶尚北道地域を中心に大規模な集団感染が発覚し、その中心となった大邱では一時期、発覚した感染者を病院に収容する事すら困難な状況が出現した。この様な状況において文在寅政権が、後によく知られる事となる「ドライブスルー検査」に象徴されるような大規模検査を実施、国内で発生したクラスターの撲滅に大きな力を注いだ事は前回のこのコラムで述べた通りである。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回を改めて要求

ビジネス

独総合PMI、12月速報51.5 2カ月連続の低下

ビジネス

ECB、銀行に影響する予算措置巡りイタリアを批判

ビジネス

英失業率、8─10月は5.1%へ上昇 賃金の伸び鈍
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story