コラム

むしろアイルランド共和国側が統合を拒否する日......日本人の知らない北アイルランドの真実(その2)

2024年03月01日(金)18時28分

今のアイルランドは全く違う。経済は非常に力強く、何世紀も続いた国民の国外流出は、純移民増で逆転した。今日の若者はキャリアと経済的豊かさを求めて国を出る必要はない。カトリック教会の権力は、後戻りできないほどに縮小した。

小児性愛者の司祭によるスキャンダルや、各地に存在したマグダレン洗濯所(そこに収容された未婚の母から生まれた女の子らは連れ去られて事実上「売り渡され」、収容女性たちは奴隷労働をさせられていた)などでの長年にわたる虐待事件が発覚したことが主な原因だ。

注目すべきは、こういった状況が、北アイルランドの人々にとっての「統合」の意味を大きく変えるという点だ。さまざまな重要な点で、北アイルランドとアイルランド共和国の人々の権利や文化的価値観が、より緊密に一致するようになっている。ごく単純に見ても、北アイルランドのプロテスタントが、貧しくてカトリック教会の支配するアイルランド共和国の社会に押し込まれる、などという事態は起こらない。

だが、以前の記事でも述べたが、こういった現状は必ずしも、アイルランド統合に向けた動きを意味することにはならない。その理由の1つは、奇妙なことだが、北アイルランドの伝統的プロテスタントたちから、現在のアイルランド共和国が、怪しいほどにリベラルだと思われていることだ(例えば同性愛者の権利擁護などの点で)。一方でアイルランド共和国の人々は、建前上は大多数が統合を望んでいるものの、統合に伴う財政的負担について問われると、かなり及び腰になる。

現在、イギリスは北アイルランドに多額の補助金を拠出している。これは、イギリス全体の経済規模が大きいからできることだ。大雑把に言えば、6500万人の英本土の人々が北アイルランドの200万人のために少し余分に支出するのは大した負担ではない。

統合は双方の合意によってのみ成立するが

対するアイルランド共和国は、1人当たりGDPはイギリスより大きいものの、人口はたったの500万だ。だから北アイルランドを吸収することは、かつてドイツ統一によって旧西ドイツの市民が長期的な負担をこうむったのに匹敵するくらいの、大変なコストになるだろう。

1998年の包括的和平合意によれば、再統合は北アイルランドとアイルランド共和国双方の有権者が合意した場合にのみ可能になる。両者の思惑が一致する必要があるのだ。

かつては考えられなかったことだが、今となってはいつの日か、北アイルランドの人々が投票で統合を選んだのに、アイルランド共和国の人々が統合反対を選ぶ、という事態もあり得ない話ではない。

ニューズウィーク日本版 トランプのイラン攻撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年3月10号(3月3日発売)は「トランプのイラン攻撃」特集。核・ミサイル開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。アメリカとイランの全面戦争は始まるのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続落で寄り付く、イラン情勢巡る懸念で 主

ワールド

イラン攻撃による経済影響の判断「時期尚早」=英中銀

ワールド

カタールLNG生産停止、短期的には影響ない 必要な

ワールド

イラン情勢緊迫化、市場で「大きな変動」 必要なら対
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医師が語る心優先の健康法
  • 2
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 5
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 6
    ドバイの空港・ホテルに被害 イランが湾岸諸国に報…
  • 7
    人気の女性インフルエンサー、「直視できない」すご…
  • 8
    【台湾侵攻は実質不可能に】中国軍粛清で習近平体制…
  • 9
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 10
    【トランプ関税はまだ序章】新関税で得する国・損す…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 7
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 8
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 9
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作…
  • 10
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story