コラム

日本学術会議問題で浮き彫り、日本のSNS「怒りと混乱と分断」のシステム

2020年10月09日(金)16時00分

「日本学術会議」というワードに負の感情を喚起しやすいワード(「反日」、「中国」)を加えてマッピングするとさらに顕著になる。赤は青よりも負の感情を含んだツイートに多く反応し、拡散している。青はそもそもこれらのワードに反応しているアカウントが限られる。赤と青ではこのワードに関して分断されており、見ているもの、気にしているものが異なることがわかる。

ichida1009b.jpg


これらの図からは、赤=首相判断支持の発言は拡散しやすく、負の感情を含んだ言葉の場合、分断されたグループ内で拡散する傾向がある。典型的なエコーチェンバー現象(自分に近い意見や情報ばかりが集まる空間にいると、自分の意見が正しいものとして強化されていくことを現象)が発生しており、政治的な問題の負のエコシステムが日本に存在するように見える。

なお、今回行ったのはあくまで仮説構築のための整理である。仮説としての妥当性があると考えてよさそうだが、これでなにかが検証できたわけではない。HOAXYの解析能力には制限があり、充分な量のデータを的確(言語解析して類似の意味を持つ表現も含めるなど)に処理するためにはより多くのデータ(ツイッター社に多額の費用を払って購入するか、研究目的で提供いただく)と、解析ツールが必要となる。検証については今後の本格的な研究に期待したい。

最後に負のエコシステムについて、補足説明をしておきたい。

負のエコシステムとは

民主主義国では監視やネット世論操作によって、国内に負のエコシステム「怒りと混乱と分断」ができあがり、それが政権の基盤を支えるようになる。「怒り」(嫌悪や憎しみなど負の感情)は、SNSで拡散しやすいことが、MITメディアラボ(2018年3月9日)、ニューヨーク大学Pew Research Centerなどのレポートで明らかになっている。

「怒り」を含む投稿が増えると、その拡散力が生む「混乱」が逆検閲(reverse censorship)」(the atlantic、2018年6月26日)をもたらす。逆検閲とは大量の情報で受け手を溺れさせて、正しい情報を見つけられない/判断できない状態に陥らせることを指す。通常の検閲が情報発信を制限するのに対して、逆検閲は情報発信を過大にすることで同じ効果(問題となる言論を見えなくする)を生む。

その結果、アメリカと日本では情報の信頼性よりも利便性(アクセスの容易さ)を優先するようになる傾向が見られた。アメリカでは世論調査会社ギャラップとナイト財団のレポート(2020年9月28日)やPew Research Centerの調査(2018年9月10日)、日本では『アフターソーシャルメディア 多すぎる情報といかに付き合うか』(日経BP、藤代裕之他)で明らかにされている。

そして、人々は偏った情報空間に入り込み、支持政党の違いによる分断が進む。アメリカでは、支持政党の違いによる政治的意見のギャップは人種、宗教、教育、性別、年齢の違いよりも大きいことが、前掲のニューヨーク大学のレポートやPew Research Centerの調査(2017年10月5日)およびMITメディアラボのLaboratory for Social Machinesの分析(2016年12月8日)で明らかになっている。

そうなると同じ国あるいは地域に住んでいてもふだん接している情報やコミュニケーションを取っている相手が異なるため、見えている世界も異なってくる。見えている世界が違えば、意思の疎通が困難になるのは当然の帰結だ。

政策の内容ではなく心情あるいはアイデンティティで政権を支持するようになれば、野党や市民団体が政府を批判に対して支持者は自分のアイデンティティが攻撃されたと感じて反発するようになる。理性的、論理的な反論や問題提起は意味をなさなくなり、むしろ結束を強くすることもある。

誤解のないように申し上げると、これらは政党あるいは政権基盤を盤石にするために行われることであり、ネット世論操作のもたらす予想外の弊害ではないのである。アメリカでは、こうしたアプローチが意図的に用いられている。日本ではどこまで意図的か不明だが、結果として負のエコシステムができている可能性がある。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story