コラム

安保法案成立後の理性的な議論のために

2015年09月18日(金)16時49分

弱さが壊す平和

 ですので、軍事力は可能な限り用いるべきではありません。戦争で正義を達成できるとも、考えるべきではありません。可能な限りねばりづよく、外交交渉を進めるべきです。しかし、外交交渉は自らの努力だけでは、成功しません。コフィ・アナン国連元事務総長も、「外交によってなし得ることは数多くあるが、しかしながら、もちろんではあるが、強い意志と軍事力を背後に持つ外交であればより多くのことをなすことができるだろう」、と繰り返し語っていました。また、『外交による平和』という拙著の中では、「力に基づいた交渉」という言葉を用いて、強大な同盟が背後にあってはじめて、ソ連もイギリスや西ドイツと交渉をする意欲を持つ、と論じています。アデナウアー首相のリーダーシップのしたで、野党の社民党の強い抵抗にも拘わらずドイツは1955年に再軍備と、NATO加盟を実現しました。背後に力がある方が、ソ連が交渉に応じると考えたからです。実際に、そのように歴史は動き、その直後にソ連と西ドイツの交渉が実現して、外交関係が構築されていきます。

 多くの大国が、相手が脆弱であれば軍事的な圧力で自らの意志を実現し、相手が強大であれば交渉により自らの要求を調整します。冷戦時代のソ連もそうでしたし、現在の中国も同様です。それは、中国政府のアメリカに対する姿勢と、フィリピンに対する姿勢を見れば明らかです。日本が日米同盟と自衛隊を放棄すれば日中関係がよくなるというのは、賢明な選択肢とは思いません。

 同時に、相手が交渉する意欲がなく、一方的に奇襲攻撃をしてくるような際には、そのような攻撃をする誘因を可能な限り低下させるためにも、こちら側として十分な防衛態勢を整える義務があります。防衛態勢を整える義務を怠って、もしも相手の攻撃を誘導したとすれば、それはむしろ平和を壊す行為です。

 私は、もしも集団的自衛権を行使して相手国を攻撃して、不必要な人命の損失に至るようなことがあるならば、それには強く反対します。日本が軍事力を行使することがあれば、それは命を守るためであって、命を奪うためであってはなりません。戦争によって問題は解決しませんし、それは当初の想定を上回る被害をもたらします。クラウゼビッツは『戦争論』のなかで、戦争を始めると、全く想定外のことが次々と起こっていくことを、「Fog of War」と呼びました。戦争をあまり軽く考えてはいけません。

これからも国際法上の一般的な集団的自衛権の行使はできない

 同時に、「武力行使との一体化」という内閣法制局が創った、日本にしか存在しない奇妙な論理による拘束によって、国際社会全体が侵略国を非難して、被害を受けた国に支援の手をさしのべようとするときに、医療援助でさえもが「集団的自衛権行使」と認定されてできないような状況は、変えるべきだと思っています。

 なぜ私が、戦争に反対しながらも、限定的な集団的自衛権の行使に賛成なのかが、多少はご理解頂けるのではないかと思います。ここまでも私が、この問題にこだわってきたのは、他の多くの専門の方々に比べて私がはるかに多くの時間を、過去300年の戦争の原因と平和の原因の究明のために、外交史研究を通じて研究をしてきたからであって、その研究の一つの私なりの暫定的結論として、つよいこだわりを持って今のような立場を持っているからです。これまで20年間、膨大な時間を用いて戦争の原因と平和の条件を学んできて、それをいくつかの本にまとめてきた結果、私なりに日本が今国際社会で何をするべきか、このように考えた次第です。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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