ニュース速報

ワールド

アングル:コロナ感染の長く辛い後遺症、医療費膨張のリスクも

2020年08月11日(火)16時55分

8月3日、胆嚢手術からの回復を待ちつつ、ニュージャージー州フォートリーの自宅で静養していた72歳のローラ・グロスさんは3月下旬、再び体調の悪化を感じた。写真は7月、自宅で休息するグロスさん(2020年 ロイター/Brendan McDermid)

Caroline Humer Nick Brown Emilio Parodi

[ニューヨーク 3日 ロイター] - 胆嚢手術からの回復を待ちつつ、ニュージャージー州フォートリーの自宅で静養していた72歳のローラ・グロスさんは、3月下旬、再び体調の悪化を感じた。

喉と頭、目の痛みに加えて、筋肉や関節の疼きも続く。まるで霧のなかに閉じ込められているようだった。診断された病名はCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)。それから4カ月経っても、症状はなお残っている。

グロスさんはかかりつけの医師や、循環器科、呼吸器科、内分泌科、神経科、消化器科などの専門医の診察を受けた。しかし、「4月から頭痛が続いている。微熱も一向に治まらない」と彼女は言う。

<各国で「ポストコロナ症候群」>

COVID-19に関する研究が続く中、り患した患者に新たな合併症が次々に見つかっている。回復した患者が数カ月、場合によっては数年にも及ぶ長い期間、辛い後遺症に悩み続けるケースもある。

そういうエビデンスは相次いでおり、その治療にどれほどの費用が必要になるのか、長期的なコストの研究も医療関係者の間で広がってきた。

ニューヨーク市立大学(CUNY)パブリック・スクール・オブ・ヘルスのブルース・リー氏は、米国の人口の20%が新型コロナウイルスに感染した場合、退院から1年後までに生じる医療費が少なくとも500億ドル(約5兆3000億円)に達すると試算している。ワクチンがなく、人口の80%が感染する場合、そのコストは2040億ドルにまで膨れあがる、という。

ロイターが医師や医療エコノミスト10数人にインタビューしたところ、米国、英国、イタリアなど新型コロナによる大きな打撃を受けた国々が、こうした長期的な症状を「ポストコロナ症候群」とみなすことができるかどうか検討していることが分かった。

米国・イタリアの複数の病院では、後遺症患者専用の治療センターを創設し、フォローアップ治療の標準化を進めている。

COVID-19の長期的な影響に関する国家レベルの研究を先導しているのは、英国保健省と米疾病予防管理センター(CDC)である。医師らによる国際パネルは、回復した患者に対する中長期的な治療基準について8月中に世界保健機関(WHO)に勧告を行う予定だ。

<治療コスト判明には数年も>

新型コロナ感染者は世界全体で1700万人以上。その約4分の1は米国で発生している。

医療専門家らは、回復した患者に生じるコストが完全に判明するまでには何年もかかるだろうと述べている。

こうしたコストが生じるのは、COVID-19が心臓、肺、腎臓など複数の臓器にダメージを及ぼし、定期的なスキャンや超音波検査など高額な医療措置が必要になる可能性が高いこと、さらには、まだ十分に理解されていない神経学的な問題が生じることによるものだ。

「JAMAカーディオロジー」誌が行った調査によれば、ドイツにおける45─53歳のCOVID-19患者のグループでは75%以上に心臓の炎症が見られ、将来の心不全の可能性が高くなっていることが分かった。

また「キドニー・インターナショナル」誌による調査では、ニューヨークのある医療法人が対応したCOVID-19患者の3分の1以上で急性腎障害が見られ、15%近くで人工透析が必要になったとされている。

パンデミックの初期の中心地であったイタリア・ベルガモのマルコ・リッツィ医師によれば、ジョバンニ23世病院では600人近いCOVID-19患者の予後について、肺機能の障害が約30%、神経学的な問題が10%、心臓の問題が10%、慢性的な運動能力障害が約9%に見られるという。リッツィ医師は、患者のための長期的なフォローアップを勧告するWHOパネルの共同座長を務めている。

「3カ月、6カ月、1年といった範囲で診察・治療を必要とする人がどれくらいいるのか、グローバルなレベルでは見当がつかない」とリッツィ医師は言い、軽症だった人でも「将来的に影響が出る可能性はある」と付け加えた。

ミラノのサン・ラファエレ病院では1000人以上のCOVID-19患者の予後を観察している。心臓に重大な問題が生じる例は稀だが、約30─40%の患者は神経学的な問題を抱え、少なくとも半数は呼吸障害に悩まされている、とモレノ・トレソルディ医師は言う。

長期的な後遺症の中には、ごく最近になってから判明したものもあり、医療エコノミストらが医療コストを調査し、正確な試算を行うにはまだ時間が必要だ。

英国・イタリアでは、こうしたコストはそれぞれの政府が負担することになりそうだ。政府がCOVID-19治療の公費負担を約束しているからだが、どの程度の財源が必要になりそうか詳細は明らかにされていない。

米国では総人口の半分以上が民間の医療保険に加入しているが、保険業界ではCOVID-19関連コストの試算が始まったばかりである。

前出のニューヨーク市立大学のリー氏は、米国内のCOVID-19患者が退院後に負担する平均コストは年間約4000ドルになると試算している。主として、患者の約40%が抱える急性呼吸促迫症候群(ARDS)と敗血症による長期的な問題のためだ。

この試算は、中程度の症状による入院から最も重症の患者まで対象としているが、心臓や腎臓へのダメージといった、他に想定される合併症については考慮していない。

リー氏の試算によれば、入院には至らなかった患者でも、最初の発症後に負担する平均コストは年間1000ドルになるという。

<「起き上がるだけでも辛い」>

COVID-19の後遺症が長引くことで追加コストが生じれば、米国での医療保険料が上昇する可能性が出てくる。カイザー・ファミリー・ファウンデーションによれば、COVID-19の発生を受けて、すでに一部の医療保険では2021年度の総合医療保険の保険料を最大8%引き上げている。

テネシー州ノックスビルとアトランタで暮らす元精神分析医のアンヌ・マッキーさん(61)は、5カ月近く前に新型コロナに感染したとき、多発性硬化症と喘息を患っていた。彼女は今も呼吸に苦しさを感じている。

「調子の良い日は何回か洗濯もできる。でもここ数日、起き上がって台所で何か飲むだけでも辛い」と彼女は言う。

マッキーさんはこの間、診察・検査・処方薬に5000ドル以上も費やしてきた。医療保険からは、遠隔診療240ドル、肺スキャン455ドルも含め、1万5000ドル以上が支払われている。

米保険計理士協会で調査研究担当マネージングディレクターを務めるデイル・ホール氏は、「ある疾病で重症になったことから生じる問題の多くは、その後3年、5年、20年と続く可能性がある」と語る。

米国の保険計理士たちは、今後のコストを把握するために、新型コロナの患者と、健康特性は似ているが新型コロナに感染していない人の保険利用記録を比較し、数年にわたって追跡調査している。

英国では、入院を経験したCOVID-19患者1万人を、退院から12カ月間、可能であれば最長25年間追跡調査することをめざしている。この調査に参加する科学者らは、アフリカでのエボラ生存者に見られたような、長期的なCOVID-19症候群を定義することを想定している。

リバプール大学のケイラム・センプル教授は、「回復した患者の多くは、肺に傷跡が残り、疲労感に見舞われるのではないかと考えている。あるいは脳血管へのダメージ、心理的な苦痛も残るかもしれない」と話す。

バーミンガム病院で働くマーガレット・オハラさん(50)は、こうした調査の対象とならない多くのCOVID-19患者の1人である。症状が軽く、入院せずに済んだからだ。だが、ひどい息切れなど健康上の問題が繰り返しているため、まだ仕事には復帰できずにいる。

オハラさんは、自分のような患者は、英国の長期的なコスト計画の対象外になるのではないかと心配している。

「私たちは、かなり長期間にわたって、費用のかさむフォローアップ治療が必要になるだろう」とオハラさんは言う。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政権が新たな消費者保護策、契約解除巡る問題など是

ビジネス

英賃金上昇圧力は何年も続く、マン中銀委員指摘 8月

ワールド

ロシアにドル・ユーロ紙幣流入、第3国から数十億ドル

ワールド

イスラエル国防相「イランが大規模攻撃を準備」、米に
MAGAZINE
特集:世界に挑戦する日本エンタメ2024
特集:世界に挑戦する日本エンタメ2024
2024年8月13日/2024年8月20日号(8/ 6発売)

新しい扉を自分たちで開ける日本人アーティストたち

※今号には表紙が異なり、インタビュー英訳が掲載される特別編集版もあります。紙版:定価570円(本体518円)デジタル版:価格420円(本体381円)

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    古代ギリシャ神話の「半人半獣」が水道工事中に発見される...保存状態は「良好」
  • 2
    日本人が知らない「現実」...インバウンド客「二重価格」を議論してる場合じゃない
  • 3
    シャーロット王女が放つ「ただならぬオーラ」にルイ王子もひれ伏す
  • 4
    えっ、トランプが撤退!? ...憶測が流れ、ニッキー・…
  • 5
    ウクライナ部隊、今度は南部ヘルソン州キンブルン砂…
  • 6
    「ガラパゴス音楽」とは呼ばせない ...日本人アーテ…
  • 7
    指名争いから撤退も、ヘイリー元国連大使が「ブラン…
  • 8
    共和党副大統領候補バンスのインド系妻がMAGAに「転…
  • 9
    「未完の代名詞」サグラダ・ファミリアが工事開始か…
  • 10
    「時には〈怖い〉とすら思ってもらいたい」──櫻井翔…
  • 1
    バフェットは暴落前に大量の株を売り、市場を恐怖に陥れていた
  • 2
    古代ギリシャ神話の「半人半獣」が水道工事中に発見される...保存状態は「良好」
  • 3
    「フル装備」「攻撃準備の整った」燃料気化爆弾発射装置を爆破する劇的瞬間...FPVドローン映像をウクライナが公開
  • 4
    ウクライナのF-16が搭載する最先端ミサイル「AIM-9X…
  • 5
    日本人が知らない「現実」...インバウンド客「二重価…
  • 6
    「ガラパゴス音楽」とは呼ばせない ...日本人アーテ…
  • 7
    ドローン「連続攻撃」で、ロシア戦闘車が次々に爆発…
  • 8
    「ゾッとした」「未確認生物?」山の中で撮影された…
  • 9
    「未完の代名詞」サグラダ・ファミリアが工事開始か…
  • 10
    ウクライナ部隊、今度は南部ヘルソン州キンブルン砂…
  • 1
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 2
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 3
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい」と話題に
  • 4
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 5
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 6
    バフェットは暴落前に大量の株を売り、市場を恐怖に…
  • 7
    古代ギリシャ神話の「半人半獣」が水道工事中に発見…
  • 8
    ヨルダン・ラジワ皇太子妃に第一子誕生...皇太子が抱…
  • 9
    「フル装備」「攻撃準備の整った」燃料気化爆弾発射…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中