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アングル:メルケル独首相、連立危機で見せた粘り腰と生命力

2018年07月05日(木)11時29分

 7月3日、ドイツのメルケル首相(写真)は、難民政策で対立する連立相手のキリスト教社会同盟との間で、自身の面目を保つ形で妥協的な合意を成立させた。ベルリンで2日撮影(2018年 ロイター/Hannibal Hanschke)

[ベルリン 3日 ロイター] - ドイツのメルケル首相は、難民政策で対立する連立相手のキリスト教社会同盟(CSU)との間で、自身の面目を保つ形で妥協的な合意を成立させた。こうしたプロセスでメルケル氏の立場は弱まったかもしれない。ただ同氏が率いるキリスト教民主同盟(CDU)にとって、「首相の替えはきかない」ことが、いみじくも証明された。

連立政権内の基本的な緊張関係は解消されていない。また特に今回の連立政権樹立における政党間協定には各政党が2年で成果を点検するという事項が盛り込まれたことから、これまで多くの専門家はメルケル氏が任期を全うできないと予想してきた。

それでもメルケル氏に代わってCDUのかじを取れる有力な人材が見当たらず、多くの国民が極右の台頭を恐れている事情もあり、同氏は首相の座を粘り強く守り続けている。うまくいけば、次回の総選挙が予定される2021年まで政権を維持するだろう。

ケルン大学のトーマス・イエーガー教授(政治学)は、難民政策を巡る対立で「メルケル氏と(CSU党首の)ゼーホーファー内相の双方が傷を負った」と指摘しつつも、メルケル氏は首相であり続けるという面で大いに成功し、実際に生き残っていると評価した。

メルケル氏とゼーホーファー氏は2日の会談で、難民審査施設をオーストリアとの国境に設置し、メルケル氏の国境開放政策によって2014年以降160万人強に上っている難民受け入れの負担軽減を図ることで合意した。

この措置が実現するには、もう1つの連立相手である社会民主党(SPD)とオーストリアの同意が必要で、ドイツのメディアからは酷評されている。

<くすぶる火種>

もっともメルケル氏が抱える大きな悩みの1つである、CSUとの溝は残されたままだ。CSUが難民問題で強硬姿勢を貫く背景には、10月に地元バイエルン州の議会選挙を控え、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の厳しい攻勢にさらされているという事情がある。

とりわけメルケル氏にとって、度々難民・移民政策を巡って意見が衝突してきたゼーホーファー内相と今後も一緒に仕事をしていかなければならない状況は厄介だろう。

一方で連立政権からCSUが離脱すれば、メルケル氏の与党は議会で過半数を維持できなくなる。

連立政権内の対立についてコメルツ銀行のチーフエコノミスト、イエルク・クラマー氏は、相互信頼が大きく損なわれ、今後の立法作業における協力が難しくなるとともに、少なくとも政権の安定性にとって潜在的な脅威を生み出していると分析する。

メルケル氏とゼーホーファー氏は2日の会談後も別々に会見。安心感をのぞかせたゼーホーファー氏と、淡々としたままのメルケル氏の表情も対照的だった。

専門家の間では、この先例えばCSUが反対するユーロ圏改革計画などで再び論争が起きるのではないかと予想されている。

とはいえCSUとの対立が、かえってCDU党員をメルケル氏支持に駆り立てた面がある。あるCDUの幹部議員はロイターに「われわれの首相が小さな連立相手に叩かれ続けるのを許すわけにはいかない」と明言した。

<SPDの立場>

メルケル氏がCDUの支持を確保している限り、その地位は安泰だ。

理由の1つは党内にこれといった挑戦者がいないこと。子飼いのアンネグレート・クランプ・カレンバウアーCDU幹事長はまだ党内で知名度が低過ぎるし、メルケル氏批判派の急先鋒であるイェンス・シュパーン保健相は、有権者にそれほど人気がない。

イエーガー教授は「CDUは、(メルケル氏という)巨艦が沈むと認識するまでは指導部交代に動かない」と述べた。

世論はメルケル氏の欧州政策は支持しており、2日公表された最新の調査では、有権者の67%がゼーホーファー氏の姿勢を無責任と断じた。

有権者とともに主要政党の間にAfDの勢力拡大を危険視するムードがあり、これもメルケル氏の追い風として働いている。

世論調査機関の専門家によると、次の総選挙において最も躍進するのはAfDと緑の党になりそうだ。1933年以降で最低の成績に終わった直近の選挙からの党勢回復に苦戦を続けるSPDは、メルケル氏とたもとを分かち、次の選挙に臨むにはあまりにも脆弱な情勢にある。

こうしたさまざまな要素から、メルケル氏が任期末まで首相を務めるかもしれないとの観測が広がっている。

(Madeline Chambers記者)

ロイター
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