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焦点:イタリア次期政権、新たなユーロ危機の「火種」か
5月17日、イタリアで立ち上がりつつある連立政権は、ユーロ圏の統合深化の取り組みを停滞させる公算が大きく、大規模な歳出拡大や減税を実行すれば、地域に新たな危機を生み出しかねないという不安が、EU政策担当者やエコノミストの間で広がっている。写真はユーロ記号。フランクフルトで2012年1月撮影(2018年 ロイター/Kai Pfaffenbach)
[ブリュッセル 17日 ロイター] - イタリアで立ち上がりつつある連立政権は、ユーロ圏の統合深化の取り組みを停滞させる公算が大きく、大規模な歳出拡大や減税を実行すれば、地域に新たな危機を生み出しかねない──。欧州連合(EU)の政策担当者やエコノミストの間では、こうした不安が広がっている。
17日に連立政権の政策協定で基本合意した大衆迎合主義(ポピュリズム)政党「五つ星運動」と極右政党「同盟」は、いずれもEUの財政ルールに真っ向から挑む構え。EUは加盟国に対して、財政赤字を国内総生産(GDP)の3%以内、債務を60%以内に抑えるとともに、財政均衡を目指すよう求めている。
イタリアは債務の対GDP比が132%前後に達し、経済成長も鈍いため、ユーロ圏の政策担当者にとってずっと心配の種となる存在だ。
ノルデアのチーフストラテジスト、ヤン・フォンゲリック氏は顧客向けノートで「五つ星運動と同盟の政権は、低成長や硬直的な労働市場、銀行システム行政の非効率性といったイタリアが抱える基本的な問題に正面から取り組まず、多くの面で悪化するだけだろう」と厳しい見方をしている。
さらに同氏は「つまりイタリアに対する信頼は、新しい連立政権の下で大きな試練にさらされるのは避けられない。たとえ両党が掲げる政策が完全に実行されないとしてもだ」と付け加えた。
イタリア10年国債利回りは17日に3ベーシスポイント(bp)上昇して2.13%と2月終盤以来の高水準を記録した。16日には16bpも跳ね上がり、1日としては昨年3月以降で最大の上昇幅だった。
同盟はイタリアの債務を小さく見せるため、欧州中央銀行(ECB)の保有する同国債2500億ユーロを、財政ルール計算時に同国の債務に含めないようにEUに要請したい考えだ。
ただEU側はこうした提案を一蹴し、イタリアが国債の発行者である以上、保有者が民間かECBかは問題ではなく、あくまで同国の借金だと強調。ある高官は「まったく馬鹿げている。EU統計局にとってだれが国債の保有者かなど何の意味ない」とあきれ返った。
<膨張する財政>
五つ星運動のディマイオ党首が「公的債務を減らす方法は投資と拡張的な政策だ」と公言していることからすると、次期政権はまず借金を膨らませるだろう。
同党が主要な公約としているベーシックインカムを導入するには推定で年間170億ユーロが必要。所得税と法人税の税率を一律15%にするという同盟の目玉政策が実行されれば、1年当たり800億ユーロの税収減となる。また国民の評判が悪い年金改革を廃止すると150億ユーロ、来年の売上税の自動的な税率引き上げを撤回すれば125億ユーロのコスト増につながる。
別のEU高官は「次期政権が無責任な経済政策を通じてユーロ圏に次の危機が発生する素地を作ってしまう真の危険が存在する」と警鐘を鳴らす。
3人目のEU高官も「イタリアが統治不能に陥り、ポピュリスト勢力が同国を新しい深刻な危機へ導いていくのではないかとだれもが心配している」と述べた。
EUの一部には、両党ともいざ政権を運営する立場になれば、すぐに公約の過激さを現実的な形に修正すると楽観視する向きもある。4人目の高官は「彼らは既に以前より穏健化しており、この傾向は今後も続く。もしそうでなくても、金融市場などが制御する役割を果たすだろう」とみている。
もっとも同盟を率いるサルビーニ書記長から聞こえてくるのは、挑戦的な言辞だ。「彼ら(EU)がわれわれを侮辱し、威嚇し、脅迫すればするほど、わたしは立ち向かわねばとの思いが強まっていく」という。
オックスフォード・エコノミクスのエコノミスト、ニコラ・ノビル氏は、次期政権は短期的にイタリアの成長を押し上げる可能性があり、従来のシナリオでは約1%となる来年と2020年の成長率はそれぞれ3%と2%に上振れしてもおかしくないと話す。
しかし同時にイタリアの長期的な債務の持続可能性を巡る懸念から、借り入れコストも高騰する見通し。現在1.9%の10年国債利回りは2022年までに従来シナリオなら4%に上がるが、次期政権は5%に押し上げてしまうとみられる。
<立ち止まる統合深化>
ユーロ圏の統合深化を進める上で、イタリアは重要な存在だ。フランスのマクロン大統領が提唱する野心的な計画は、今のところ経済規模が域内最大のドイツからの反応がはかばかしくない。そこで域内第3位の経済規模のイタリアにユーロ懐疑派の政権が生まれれば、計画は事実上凍結されかねない、と当局者やエコノミストは口をそろえる。
コメルツ銀行のチーフエコノミスト、イエルク・クラマー氏はノートで「イタリアの次期政権は、マクロン氏のEU改革案をほぼ完全にとん挫させる公算が大きい。この政権は財政政策の面で無責任に見受けられ、ユーロ圏北部諸国の有権者は、リスクや所得の再配分強化をうたうマクロン氏の提案を支持しようという意欲が減退する」と指摘した。
ユーロ圏統合深化の柱は、銀行セクターをより強じんにすることだ。具体的には銀行の資産構成多様化を義務付け、1カ国のソブリン債の保有額を制限する。またユーロ圏のソブリン債再編の進め方に関する規則も導入される。イタリアが抱える多額の債務は主に国内で保有されているだけに、いずれの問題も政府にとって取り扱いには神経を使う。このため4人目のEU高官は「次期政権とこの問題を協議するのは、現政権よりもずっと難しくなる」と語った。
<ECBのジレンマ>
イタリアの膨大な債務はこれまで、ECBの債券買い入れによって実質的に支えられてきた。
その買い入れが打ち切られた後も、同国の巨額の財政赤字は残り、成長は低迷したままとみられるため、投資家が国債に要求する利回りのプレミアムはずっと高まるだろう。
政策担当者の間でイタリアはユーロ圏が救済するには規模が大き過ぎるとの共通認識があるので、ECBはジレンマに直面するかもしれない。つまり金融引き締めに動いてイタリア崩壊と新たなユーロ圏危機のリスクを引き受けるか、同国の資金繰りを助けるために緩和政策を続けるかだ。
2人目のEU高官は「向こう1年ないし1年半で危機は起きそうにないが、ECBが引き締めに踏み切れば心配になる」と述べ、逆にECBが金利を引き上げればイタリアに危機をもたらすのは必至だと考えて金融政策が独立性を失う「財政従属」に陥る事態もあり得るとの見方を示した。
(Jan Strupczewski記者)