ニュース速報

ワールド

日本社会

日本の改正児童福祉法、施設暮らしの子ども救うか

2016年07月01日(金)09時26分

 6月28日、金属の柵で囲まれた小児用ベッドに寝かされた赤ちゃんが、枕元に置かれた哺乳瓶からミルクを飲んでいる。写真は里親の吉成麻子さんと生後2カ月の赤ちゃん。千葉県印西市の自宅で24日に撮影(2016年 ロイター/Toru Hanai)

 金属の柵で囲まれた小児用ベッドに寝かされた赤ちゃんが、枕元に置かれた哺乳瓶からミルクを飲んでいる。この子を抱きしめてミルクを与えたり、あやしてくれたりする人は誰もいなかった。

周囲を看護師が慌しく動き回るなかで、都内にある日本赤十字社医療センター付属乳児院の院長は、そこで預かる70人程度の乳幼児にもっと注意を払えるだけの時間とスタッフが欲しいと語る。しかし、その実現は遠い。

「1人1人を抱っこしてあげたいが、なかなか難しい」と同院の今田義夫院長は言う。「それを虐待と言う人もいるが、難しい状況だ」

先月、約70年前に制定された児童福祉法の改正法案が、国会で可決・成立した。子どもの家庭養護原則を掲げる改正児童福祉法は、具体的で即効性のある対策に欠けるものの、こうした施設が現在のような状態から抜け出し「最後の手段」となるための第1歩だと専門家は指摘する。

日本では産みの親と暮らせない子どもが4万人に上っており、そのうちの実に85%が施設で暮らしている。これは富裕国の中でずば抜けて高い数字であり、国連から何度も勧告を受けている。

改正法が成立しても、政府の目標はとりわけ高いものではない。こうした社会的養護を必要とする子どもたちのわずか3分の1を、2029年度までに家庭養護環境に置くことだ。

それでも、この数字には疑問の声が上がっている。数万人の子どもたちの里親は、いったいどこで見つけられるのか。

「私たちは一生懸命その子に関わっていくが、やはり1対1でその子を受け止めてくれる里親がいた方がいい」と、都内にある二葉乳児院都留和光院長は話す。「自分だけを可愛がってくれる人がどうしても必要になってくる」

大きな障害となっているのが、里親制度についての認識不足だ。里親家庭の登録数がわずか1万0200にとどまる一方、特別養子縁組はさらにまれで、昨年は544人しかいない。そして、均一性と血筋を重視する日本社会では、里子に出されたり、養子縁組をしたりした子どもも、しばしば色眼鏡で見られてしまう。

児童虐待の報告件数が増加していることも1つの障害となっている。児童相談所の職員は子どもを目の前の危害から救い出すことに忙しい。子どもを施設に入れるほうが里親を探すより速いのだ。

また彼らは、新たに危害を受けた子どもの対応に追われ、子どもたちの事後ケアにほとんど時間を割けずにいる。そのため、子どもたちが何年も施設に放置される事態を招いている。

<愛着障害>

里親となったある母親は、幼い子どもを施設に入れることが、いかに有害となり得るか、よく分かっている。

今では16歳になる彼女の里子は、何分間も頭で枕をたたいて、ようやく眠りにつくという。それは、6歳になるまで施設で過ごすうちに、周囲に構ってほしくて仕方がない子どもが覚えた癖だ。

息子は魅力的な少年だが、風変わりだ、とこの母親は言う。

「普通であれば自分が悪いと納得する場面でも、納得しない。愛着障害の子は自分が恵まれなかったので優遇されるべきだと思っている面がある」と話す。「幼児性も残ってる。私にいつも『ママ、だいちゅきーっ』と言う。普通の高校生は言わない」

別の母親は、ちょうど家族がいないと認識し始めた5歳の子どもを施設から引き取った。彼は学校で発作的に逆上することがあり、家の外に出ることを恐れていたという。

新しい家族の愛情を確かめるために、彼女の息子は「自分が死んだらどうするか」と質問してみたり、別の時には、彼女の膝の上で哺乳瓶からミルクを飲みたいと懇願することもあったという。

こうした子どもたちの受け入れをめぐる状況は、高齢化が進むなか、一向に上がらないままの出生率と増大する社会保障費で苦しむ日本の矛盾を浮き彫りにしている。

施設養護は里親委託に比べ3倍も費用がかかると専門家は指摘する。こうした施設職員を保育サービスに回すことで、より多くの女性が働けるようになり、ひっ迫した日本の雇用市場も改善されるという。

二葉乳児院の都留院長は乳児院の役割もいずれ変化するだろうと述べ、施設がいずれ里子と養子縁組家庭を引き合わせるような役割も担うようになるのではないかと話す。「乳児院はいたずらに長く(子どもを)置いておきたいとは、これっぽっちも思っていない」

(Chang-Ran Kim記者、翻訳:高橋浩祐、編集:下郡美紀)

[東京 28日 ロイター]

ロイター
Copyright (C) 2016 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル1年超ぶり高値、ビットコイン10

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 取引禁止

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P1週間ぶり高値 エ

ワールド

米中国防相会談、米の責任で実現せず 台湾政策が要因
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中