コラム

鳩山「保険外交」の静かな成果

2010年02月26日(金)16時59分

 

捕鯨問題を乗り越えられるか オーストラリアのラッド首相(右)と会談した岡田外相
Reuters
 


 2月19日〜22日にオーストラリアを訪問した岡田克也外相は、ケビン・ラッド首相、スティーブン・スミス外相と会談した。ほとんどの新聞の見出しは捕鯨に関するもので、丁寧にそれをなぞれば、岡田とラッドは「率直な議論」を交わし、ラッドは日本が今年11月までに調査捕鯨を中止しなければ国際司法裁判所に提訴すると「脅し」た。

 しかし長期的に見てより重要なのは、平和維持活動や災害救助活動などの際に自衛隊とオーストラリア軍の間で食糧や水などを相互に提供し合う物品役務相互提供協定(ACSA)の締結に向けた協議を開始することに合意したことだ。

 この協定は、07年に安倍晋三首相が署名した「安全保障に関する日豪共同宣言」に続き、両国の安全保障の構築に向けた小さな1歩となるだろう。オーストラリアはこの10年の間に日本との良好な関係を築いて「リスクヘッジ」をしてきた。だがそれは、ロウイー国際政策研究所(シドニー)のブログサイトでグラーム・ドベルが書いているように、「戦略と呼べるほど壮大なものではないし、政策としての信頼や一貫性もない。それでも単なる傾向や意向よりは強いものだ。いわば『低度のリスクヘッジ』といえる」。それは日本にとっても同じだろう。

■外交上の障害に真摯に向き合う姿勢

(東アジア共同体を提唱する)鳩山政権は外交的に未熟だという印象を与えているが(それに日米同盟と日中協調のどちらを取るのかといった極端な選択を迫る専門家もいる)、鳩山は実際にはアジア地域で慎重に2国間関係の改善を進めている。

 鳩山由紀夫首相は昨年末にインドを訪問し、安全保障に関する次官級の定期協議を開くことで合意。岡田外相は韓国とオーストラリアを訪問して、今後2国間関係をどう強化するかを話し合った。特筆すべきは、岡田が両国とより親密な関係を築く上で障害となるものについて触れた上で、それは克服できると表明したことだ。

 オーストラリアで捕鯨問題について協議する前に韓国を訪れた岡田は、1910〜45年の日韓併合時代の日本の行為について踏み込んだ表現をした。どちらの国でも、良好な2国間関係に立たちはだかる障害に真っ正面から取り組む姿勢を見せた。

 インドや韓国、オーストラリア(そして中国は言うまでもなく)との2国間関係において、鳩山政権は自民党の路線を継承している。しかし鳩山が異なっているのは、新しい戦略を密かに築いていることだ。例えば安倍首相は、民主主義と共通の価値観を協調した大げさな表現でオーストラリアやインドとの関係を強化しようとした。だが鳩山はもっと手際よく、2国間外交を改善させている。

 鳩山がオーストラリアとの関係をアメリカとの同盟にリンクさせるつもりかどうかまでははっきりしない。もしそうなれば、中国を封じ込める大同盟へと発展することになる。

 それよりも鳩山政権は、アメリカとの同盟に対する「保険」として新たな関係を築くことを狙っているのかもしれない。アメリカが内向きになってアジアへの関与を弱めたら、日本はアジアの他の友好国に頼ることができる。アメリカがアジアに関与し続けても、これまで余りにも長期に渡って未熟だった良好な2国間関係をアジア諸国と結ぶことは、日本の国益につながる。

 アジア地域で日本が2国間関係を築くには、ほとんどの国との間に大きな障害が立ちはだかっている。例えば捕鯨をめぐるオーストラリアの脅しはその1つ。だが、こうした障害を取り除こうとする鳩山政権の努力を無駄にしてはならない。

 鳩山政権の外交姿勢は地味だが、アジアにおける今後の日本の位置付けに影響を与えることになるだろう。


[日本時間2010年2月25日08時03分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

全米鉄鋼労組、日鉄のUSスチール買収に断固反対 財

ビジネス

FRBの独立性、経済成果に「不可欠」=ミネアポリス

ビジネス

米中の現状、持続可能でない 貿易交渉の「長期戦」想

ワールド

プーチン氏、現在の前線でウクライナ侵攻停止を提案=
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「利下げ」は悪手で逆効果
  • 4
    日本の人口減少「衝撃の実態」...データは何を語る?
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼…
  • 9
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 10
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story