コラム

小池の空疎な先制攻撃論

2009年06月19日(金)17時23分

 元防衛相であり、自民党の次期総裁候補の1人にも挙げられる小池百合子が16日、党基地対策特別委員長を辞任した。

 党政務調査会の国防部会がまとめた今年の「防衛大綱への提言」に、「予防的先制攻撃は行わない」という但し書きを加えられたことへの抗議だ。小池は日本が長年堅持してきた専守防衛の原則が防衛政策に縛りをかけている、と考えている。

 小池の主張はもっともだが、もし日本が「敵基地」の攻撃能力を持つなら、その「価値」をはっきり示すべきだ。要するに、差し迫ったミサイル攻撃に直面した時、日本が使うかもしれない、もしくは使わないかもしれない攻撃能力にはどれだけの抑止力があるのか?

 この論争には、中国の崔天凱(ツォイ・ティエンカイ)駐日大使の発言が影響しているかもしれない(過去にこのブログで触れた)。敵基地への攻撃能力を求める一方で、先制攻撃を除外するような文言がどの時点で提言に盛り込まれたかははっきりしない。確かに崔の発言は、「外国に誤解を与えてはいけない」と懸念する山崎拓のような議員を勇気づけた。しかし、同時に小池のように先制攻撃をできるよう準備すべきと考える強硬派の決意も強固にした。

■小池が「辞任」した本当の狙い

 今回の辞任で小池は何を狙っているのか、という疑問も当然湧いてくる。麻生政権の終わりが見えてきたこの時期に、小池はあえて注目を集める議論の渦に自ら身を投じた。麻生支持の保守派が最重要視する防衛問題に関して小池が強硬姿勢を貫いているのは、麻生が総選挙前に首相の座から追われた場合、保守派の支持を取り付けたいからだろう。もちろん、私は小池の自分の信念に対する真摯さに疑問は差し挟まない。タイミングとやり方の問題だ。

 これは小さいながら重要な一歩になるかもしれない。麻生が総選挙までもたなければ、保守派は対北朝鮮政策の継続のために小池が必要だと主張できる。安全保障はたいてい、自民党の選挙運動の最重要政策だ。仮に自民党が総選挙で大敗すれば、その責任を小池に負わせればいい(批判勢力が選挙前に麻生を退陣させられるかどうか私は懐疑的だが)。

 その一方で、私は先制攻撃に関する議論が自民党内だけで突出していることに興味を引かれる。おかしなことに、「先制攻撃や北朝鮮の基地を攻撃できる能力を保有することをどう考えるか」という世論調査の設問を1つも見たことがない。この問題に関心をもち、優先すべき課題と捉える風潮はほとんどない。攻撃能力の増強でさらに防衛予算が必要になると調査対象者が知らされれば、なおさらだろう。それでも、なぜ先制攻撃に関する世論調査をしないのだろう?(もし私が見逃しているのなら、ぜひ教えてほしい)

 小池をはじめ先制攻撃の提唱者が率直に論じていない疑問がもう1つある。日本は本当に北朝鮮の攻撃を阻止できるのか、という問題だ。時事通信はシンクタンクである国際危機グループの報告書を引用し、北朝鮮が移動式発射台に載せた約320基の中距離弾道ミサイル、ノドンを日本に向けて配置している可能性があると報じた。これまでの推定200基より大幅に増えている。

 日本はこれらのミサイルを破壊するどころか、発見することもできないのではないか? 小池をはじめとする強硬派は、日本が先制攻撃を実現するために現実的にどれくらいの戦力が必要か、まじめに調べたことがあるのだろうか。先制攻撃と専守防衛についてまともな議論をするのなら、先制攻撃の提唱者たちは自衛隊がどんな戦力を保持すべきで、どれくらいの予算がかかるか明示すべきだ。

 今のところ小池のような政治家たちのパフォーマンスから見えてくるのは、日本がいかに「真の国防」がない国か、いうことだけだ。

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

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