コラム

ウクライナで苦戦するロシア軍、その失敗の本質

2022年05月21日(土)15時00分

さらに大隊や連隊レベルに有能な将校が不足しており、部隊間の連携やリーダーシップがうまく機能していない。そのため、将校たちが前線に出ざるを得なくなった。結果として、侵攻当初に前線に就いたロシア軍将校20人のうち、実に12人がウクライナ軍に殺害されている。

しかしトラックや整備士を増やすだけでは、ロシア側は問題を解決できない。

兵站業務には、従軍期間がわずか1年という、訓練不足で士気も低い徴用兵が割り当てられることが珍しくない。腐敗も兵站能力を弱体化させている。横行する腐敗によって軍予算の20~40%が不正流用され、そのために質の低い、あるいは不十分な数の装備しか購入できない事態が慢性化している。

米国防総省によれば、いまロシアは地上戦闘部隊の約75%をウクライナに投入している。侵攻からの2カ月余りで、このうち4分の1の部隊が戦闘不能な状態に陥り、その過半数が精鋭部隊だった。戦闘用の装備も少なくとも25%が破壊され、これらを元のレベルに立て直すには何年もかかるだろう。

carl220521-02.jpg

アフガニスタン侵攻はソ連の荒廃を招いた(1988年、カブール) ROBERT NICKELSBERGーLIAISON/GETTY IMAGES

活かされなかったアフガン侵攻の教訓

歴史は未来を見通す窓である。10年に及んだ旧ソ連のアフガニスタン侵攻はソ連の荒廃を招いたが、それでも指導部や軍の専門家は、アナリストが指摘したいくつもの誤りを一切修正しなかった。例えば、いくつかのポイントは次のように修正されるべきだった。

「現地の協力勢力を、ロシア流に当てはめて組織し直そうとするな」
「彼らがわれわれの大義のために進んで戦おうとしなければ、われわれは敗れる」

さらにここに、「アメリカによる敵対勢力への武器供与の意思を過小評価してはならない」という新たなポイントを加えたい。

ロシア軍は将来の紛争でも圧倒的に優位に立つことを狙うだろう。指導部は即座に全面戦争の脅しをかけ、また核兵器を使って敵を守勢に立たせようとする。軍は兵站の大幅な不足に苦しみ、それが軍全体の動きを減速させるかストップさせる。指揮権は上層部に集中し、連隊以下には回ってこない。それでもロシア軍は、とてつもない数の火器を保有し、それを使用し続ける。

多くの兵士が訓練不足のまま戦場に送られ、戦争犯罪や人権侵害を働くだろう。20年にロシアで発表された報告書は「兵士たちの専門的な訓練のレベルが低下し続けている」と指摘。国内のアナリストも、兵士たちには効果的に機能するための士気が欠けていると警告してきた。

ロシア軍の残虐性も、将来の紛争に受け継がれる可能性が高い。徴用兵の間には長年、「デダフシチーナ」という残虐なしごきの伝統がある。上官が若い兵士を殴ったり、あるいはレイプしたりするのだ。

今後10年、あるいはそれ以上にわたり、ロシア軍の低迷は続くだろう。それでも、プーチンの帝国主義的な野望は消え去らないが。

ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ

ワールド

ベネズエラ沖で2隻目の石油タンカー拿捕、米が全面封
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story