コラム

アジア人への憎悪は理性を超える 「アメリカ差別史」に見る問題の原点

2021年04月06日(火)16時06分
アジア人差別への抗議運動

多様性を勝ち取った歴史で反民主主義的な暴力を乗り越える JEENAH MOONーREUTERS

<ヘイトクライム全体は減っているのに、アジア人への暴力は150%も増加。黒人差別の影に隠れてきたアジア差別の歴史>

子供の頃、私と兄が決して行かない通りがあった。アメリカの一角では、アイルランド系カトリック教徒と「WASP」──アメリカの建国者であるアングロサクソン系プロテスタントの白人──の間に社会的な力学が働いていた。アイルランド系の子供が、私や兄に石を投げることもあった。

私たちの先祖は、アメリカに旧世界の民族的、宗教的分断を持ち込んだ。しかし一方で、彼らは部族的な帰属を否定する人間主義的な啓蒙主義を追求する社会を築いた。

私は自分に石を投げた少年たちとアメフトやホッケーをして、彼らの姉妹とデートをし、私の先祖の裏切りを糾弾するようなアイルランドの民族音楽に傾倒した。それがアメリカで育つということだった。

そして60年後の今、民族的な多様性と経済的な格差が、ポピュリズムと白人至上主義の「アメリカ・ファースト」の形で爆発した。ドナルド・トランプ前大統領と共和党は、「チャイナ・ウイルス」が死と混乱をもたらしたと中国を責め、ひいてはアジア人に責任を転嫁して、自分たちの政策の失敗を言い逃れようとしている。

偏見や憎悪が引き起こすヘイトクライムは、2019年から20年にかけてアメリカ全体で7%減少しているにもかかわらず、アジア人を標的とする暴力は150%増えている。相次ぐ残忍な暴力に、アメリカは恐れおののいている。

黒人奴隷制という「原罪」に隠れて

もっとも、アメリカの反アジア感情の歴史は、黒人奴隷制という「原罪」の陰に隠れていたにすぎない。1840年代にアメリカの鉄道建設やゴールドラッシュに沸く鉱山で働いた中国人労働者「苦力(クーリー)」は、ひどく嫌われ、恐れられて、1882年に中国人排斥法が制定された。「黄禍論」と呼ばれる1890年代のアジア人脅威論は、東洋人が白人を圧倒するという恐怖心であり、一世代の意識を支配した。

第2次大戦中は、米国籍を有する人を含む多くの日系人が強制収容された。1960年代にアジア系の隣人(後に私の妻と義理のきょうだいになる人々)は、「チンク」「故郷に帰れ」と罵声を浴びた。

指導者がある集団を悪魔化すると(トランプは「チャイナ」を軽蔑するように発音した)、その支持者は彼らを悪魔と思い込み、敵意を募らせる。暴力は、社会的変化をもたらす「他者」への恐怖や、マイノリティーの台頭によるマジョリティーの地位低下から生まれる。指導者による特定の集団への糾弾や警告は、理性に訴えるよりはるかに強力に人々の認識に影響する。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EU、ウクライナ支援で2案提示 ロ凍結資産活用もし

ワールド

トランプ政権、ニューオーリンズで不法移民取り締まり

ビジネス

米9月製造業生産は横ばい、輸入関税の影響で抑制続く

ワールド

イスラエル、新たに遺体受け取り ラファ検問所近く開
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 6
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 9
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story