コラム

ウクライナの「ナチ化」を防ぐ、というプーチンの主張はロシア兵にも空虚に響く

2022年02月28日(月)14時09分

「ナチはお前だ」ウクライナに対して侵略戦争を始めたプーチンに抗議(2月25日、ローマ) Guglielmo Mangiapane-REUTERS

<ウクライナにネオナチ党があるのは事実。東部の親ロ派と戦う右翼のなかにもネオナチがいるが、影響力は限られている。ロシア兵にかつてのナチスドイツとの戦いを想起させ士気をあげようとしたのであれば無理があった>

緊迫するウクライナ情勢は、2月24日、ロシア軍がウクライナへと侵攻したことで、戦争へと発展した。プーチン大統領は、演説で開戦理由を説明したが、そのほとんどが難癖のようなもので、大義無しの戦争が起こってしまったことについて、世界中で驚きの声が聞かれる。

「NATO主要国がウクライナのネオナチ勢力を支援している」というのも、怪しい開戦理由の一つだ。プーチン大統領はここ数年、ウクライナ政権を「ネオナチ」と呼び続けている。しかし、それは本当に正しいのだろうか。ウクライナとナチスあるいはネオナチとの関係について、いくつかのトピックに分けて考えてみよう。

ウクライナとナチスとの関係

1941年、独ソ戦の開始によって、ウクライナはナチスドイツによって占領された。ウクライナ民族主義者の中には、これを利用してウクライナを独立させようとする者たちもいた。ただしドイツにはウクライナを独立させようという意図はなく、国家弁務官区としてドイツの占領下に置かれ続けた。

占領中のウクライナでも、いわゆる「ユダヤ人狩り」は行われていた。ホロコーストの実行犯には、ウクライナ人の協力者もいた。Netflixのドキュメンタリー『隣人は悪魔 ナチス戦犯裁判の記録』は、ウクライナ系アメリカ人ジョン・デミャニュクが、かつて強制収容所で「イヴァン雷帝」として恐れられていた人物だったのではないか、という容疑をめぐる裁判を扱っている。これはエスニックグループ同士の争いに発展しており、ユダヤ系グループとウクライナ系グループがそれぞれデモを行って対立しているシーンがあった。

ただし、こうした歴史と現在のウクライナを結びつけることは難しいだろう。現大統領であるゼレンスキーはユダヤ系であり、2021年9月には、犠牲者を追悼する記念式典で献花をしている。彼がナチスを正当化する理由など存在しない。

ウクライナのネオナチ勢力

現在のウクライナにネオナチと呼ぶべき勢力がいることは事実だ。極端な反ロシア政策を主張する極右民族主義政党「全ウクライナ連合『自由』」は、ネオナチ政党と目されており、その勢力はクリミア危機・ウクライナ東部紛争前夜の2012〜14年ごろに最高潮に達している。2014年、ヨーロッパ連合との政治・貿易協定の調印を見送った親ロシアのヤヌコーヴィチ大統領を打倒する際は主導的な勢力の一つとなり、続いてできた暫定政権では閣僚を輩出した。この一連の騒動はクリミア危機・ウクライナ東部紛争の直接のきっかけとなっており、プーチン大統領はこのときもウクライナの「ナチス化」を批判していた。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story