コラム
東京に住む外国人によるリレーコラムTOKYO EYE
新国立競技場が神宮の森を破壊する
今週のコラムニスト:レジス・アルノー
〔11月5日号掲載〕
1964年の東京オリンピックほど、開催都市に影響を与えたオリンピックは少ない。今の東京の姿は基本的に、あの頃につくられた。64年の日本といえばスタートラインに就いたばかり。国民の年齢中央値は約26歳で、第二次大戦中の空襲で焼け野原になった東京は不死鳥のごとくよみがえろうとしていた。
後藤・安田記念東京都市研究所によれば、日本は年間予算の3分の1に当たる約1兆円をオリンピックに費やした。今日の約70兆円に相当する額で、大半は新幹線や首都高速道路、地下鉄の建設に使われた。
64年は、日本の製造業が目覚ましい成長を始めた年でもある。65年から85年にかけて自動車の輸出台数は35倍に、テレビの輸出は148倍になった。文化的創造力も発揮された時代だ。市川崑監督のドキュメンタリー映画『東京オリンピック』は、当時の日本がいかに独創的だったかを証明している。
そして今、日本はゴールに近づいている。年齢中央値は約45歳で、2度目の東京五輪が開催される20年には48.2歳になる。64年当時の2倍近くに老けるが、それでも五輪によって東京という都市は新たに輝くだろう。
だが、街が破壊される危険もある。不動産開発業者は東京をコンクリートで埋め尽くそうとしている。彼らが計画しているのは、カジノの建設と神宮外苑の周辺を破壊することだ。
神宮外苑に関して言えば、ザハ・ハディドが設計する新国立競技場が一帯の景観を台無しにしてしまうだろう。新競技場の総床面積は東京ドームの約2.5倍で、オリンピック史上最大。高さ70メートル、収容人数8万人に上る。総工費は1300億円と見込まれていたが、10月になって3000億円に膨れ上がる可能性があると報じられた。日本が膨大な政府債務を抱えるこの時代に、だ。
東京はバブルから何も学ばなかったのか。この建築計画は、日本のメディアの沈黙の中で承認された。計画に疑問を呈する勇気があったのは、槇文彦ほか数人の建築家だけだ。
■今ある世界の解体を防ぐために
槇に言わせれば、この計画は完全な失敗だ。周辺の景観に最悪の影響を及ぼし、災害や緊急事態が起きれば大惨事をもたらす恐れがある。五輪開催後の膨大な維持費のことはまったく考慮されていない。しかも、計画の決定プロセスは極めて曖昧だ。
知識人を自称する猪瀬直樹都知事には、東京を守るために戦ってほしい。日本文化にこだわる安倍政権には靖国参拝だけではなく、真の意味で文化を守る行動を取ってほしい。日本の主流メディアと知識人も立ち上がってほしい。今あるものを維持してほしいというのは、大それた望みだろうか? 京都工芸繊維大学の松隈洋教授(近代建築史)は、新競技場についてこう書いている。「開かれた議論を尽くし、先人たちが築いた景観を次の世代に手渡すための、景観の民主主義はこの国では成立しないのか」
日本の進むべき道を知りたいなら、京都の古い通りを歩いてみるといい。知り合いのホテルチェーン社長によれば、路地を散策する観光客の数は昨年に比べて7割も増えているという。世界を驚かせるのは、東京ではなく京都だ。「先斗町の通りは今や外国人だらけ。彼らはレストランやお店、ホテルの生命線だ」と、この社長は教えてくれた。
アルベール・カミュは、57年のノーベル文学賞受賞演説でこう語った。「どの世代も、自分たちは世界をつくり直すことに身をささげていると信じているだろう。だが私の世代は、自分たちがつくり直すことはないと知っている。私の世代に課せられた任務はもっと大きなものだ。それは世界の解体を防ぐことにある」
これこそが、現代の東京人に課された義務ではないかと私は思う。
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