コラム

イギリス人が提案する次世代クールビズ

2013年06月17日(月)09時00分

今週のコラムニスト:スティーブン・ウォルシュ

[6月11日号掲載]

 私が初めて日本に来たのは1987年、蒸し暑い夏の盛りだった。最初に覚えた日本語は「あっちー!」。辞書には載っていないが、誰もが分かりやすいジェスチャーとともにつぶやいていたから、すぐに意味を理解して覚えてしまった。

 まだ「クールビズ」が始まっていない時代だったから、ビジネスマンは水着とビーチサンダルが似合いそうな炎天下にネクタイを締め、背広を持ち歩いていた。日本人が一様にイギリス人のような格好をしていることに、私はひどく失望した。しかもスーツ姿こそビジネスパーソンのグローバルスタンダードだと思われていたから、私も同じ服装をしたほうがよさそうだった。あっちー!

 小泉政権が「クールビズ」を提唱したのは2005年。おかげで大勢のサラリーマンが地獄のように不快な暑さから解放されたが、相変わらずネクタイ着用を余儀なくされている人も少なくない。
どんな気候であれ、ネクタイとは不快なものだ。首回りを締め付けると脳への血流が制限されるし、発作や事故で倒れたら服の胸元を緩めるのが常識だ。

 ネクタイに実用的な目的はない。子供に引っ張られたり、パスタを食べるときに汚れる恐れもある。なのになぜ、「紳士の装い」に不可欠なアイテムだと信じられているのだろう。

 ネクタイには、仕事熱心で上品で立派な人物のイメージがあるようだ。だがネクタイのルーツは、ルイ14世時代の退廃的なフランスで流行した女性っぽいファッションにある。上品かもしれないが、「仕事熱心で立派」には程遠い。

 日本はクールビズの「先」へ進むべきだ。夏の間クールビズで過ごせたのなら、夏が終わっても背広とネクタイなしでやっていけるはずだ。

 こんな主張をするのは、ネクタイが嫌いなせいだけではない。背広とネクタイから永遠に解放されるためには、何か別の服装が必要。そこで和服の出番だ。日本の伝統的な衣装や生地、デザインを積極的に活用すればクールビズに役立つと同時に、日本文化を世界に売り込むクールジャパン戦略の一環としても有益だ。

 まずは政治家が和服を着てみよう。世界の尊敬を集めたインドのガンジーや南アフリカのマンデラ元大統領は洋装を拒み、民族衣装で過ごした。一方、安倍晋三首相は面白みのないスーツ姿ばかり。美しい着物を着て、日本の伝統美をアピールできるチャンスなのに。

 明治維新直後の1871年、官吏や軍人の制服を洋装に切り替える試みが政府主導で始まったのは、日本文化にとって非常に悲しい出来事だった。

■田舎で覚えた2つ目の日本語

 仕事でもプライベートでも、もっと頻繁に日本の伝統衣装を着るよう呼び掛けるキャンペーンを始めてはどうだろう。堅苦しく割高な着物だけでなく、はかまや法被だっていい。
こうした伝統衣装は決して時代遅れにならない。体形が変わったときにサイズを調節しやすい点も、私には重要だ。

 友人や同僚からは、伝統衣装は現代社会では非実用的だと反論された。そんなに実用性を重視するなら、みんなでスポーツウエアを着ればいい。スーツやネクタイよりずっと実用的だ。

 来日直後に失意の1週間を過ごした私は、その後東京から離れた地方でホームステイをした。ホストファミリーは私のスーツを脱がせると、心地よい浴衣を着せてくれた。都会の人々はスーツとネクタイ姿で日本文化の保護を語るかもしれないが、田舎の人々は自らの行動によって文化を継承している。

 ホストファミリーはよく冷えたビール缶を開けると、浴衣姿の私に2つ目の日本語を教えてくれた。「うっめー!」

 浴衣を着て「うっめー!」と叫ぶ。これぞパーフェクトな日本の夏だ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story