コラム

日本の総選挙より面白い韓流政治ドラマの主役

2012年12月24日(月)09時00分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

[12月19日号掲載]

 日本のテレビドラマは低迷しているが、政治ドラマはなかなか面白い。「小泉劇場」「政権交代」に続き、現在の第3シーズン「新党乱立」も、それなりに高視聴率を維持している。先日の党首討論会で11人の党首が並んで手をつなぐシーンには思わず噴き出し、あまりの党首の多さに「AKBか!」とツッコミを入れたくなった。まさに「センター」を奪い合う総選挙では、熾烈な握手合戦が展開されるのだろう。

 だが韓国にはもっとドラマチックな「韓流」政治ドラマがあった。その主人公は「韓国のビル・ゲイツ」と呼ばれる、IT企業創業者で元ソウル大学教授の安哲秀(アン・チョルス)だ。政治と無縁だった安は昨年の暮れ、20~40代の若年層の支持を背景に突如大統領候補に浮上し、世論調査の支持率で与党候補を上回った。

 この「安哲秀現象」は、手あかが付いた既存の政治家から代表を選ぶのではなく、有権者自らが候補者を選び育てるという手作りの民主主義を実現したものだ。

 新しい政治への熱望、無党派の支持という点で安哲秀現象は、橋下徹大阪市長の「維新ブーム」と重なる部分もあった。だが安は既成政党との連携を拒み、政治刷新を求める支持者を裏切らなかった。一方の橋下は、自称「暴走老人」の石原慎太郎と組んで政策がぶれ、候補者を「じゃんけんで決めればいい」とまで発言した。韓国だったら政治家の資質を問われ、政治生命は終わっていただろう。

 競争社会を信奉する点で橋下は、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領と共通している。韓国でも日本でも、競争に勝てそうな人が唱える競争至上主義になぜか多くの人たちが乗せられている。半分以上の人たちは落伍者になってしまうのだが、それでも自分だけは競争に勝てると信じているのだろうか。人間の不可解なところだ。

 話を安に戻そう。なぜ、韓国で安が支持されたのか。まず第1に格差是正への期待だ。彼は医者だった頃、コンピューターウイルスのワクチンソフトを開発して無料で配布。財産も半分を寄付した。ソウル大学卒のエリートなのに、学歴社会を問題視し、「公正な競争原理」の導入を主張。既得権益層が自ら良識を示したことで「良きモデル」とされたのだ。

 第2の理由は、その柔軟さと中庸さにある。保守か進歩かと問われた安は、「常識か非常識かを判断基準とする」と語っている。右派か左派かの二極対立ではなく、常識という新たな枠組みを示したことが、従来のイデオロギー対立に疲れた国民の心に響いた。

■大統領選も想定外の結果に?

 そして何より安が人気を集めた原動力は「青春コンサート」というイベントだ。安は数年前から全国でトークショーを開き、若者と率直な対話を重ねた。「他人と自分を比較してはいけない」といった生き方のノウハウを「メンター(心の師)」として若者に伝えた。いわゆる「勝ち組」の安が、競争社会で苦悩する若者の叫びに耳を傾け、親身になって社会改革の議論を交わした。こうして安は若者の「心の大統領」になっていった。

 しかし安は突然出馬を断念した。野党系候補一本化のためとはいえ、選挙直前に撤退するのは簡単ではない。会見では記者席から「やめてはいけません」と泣き叫ぶ声まで上がった。政治家が権力のために離合集散を繰り返すご時世、こんな候補者がいただけで韓国人は幸せなのかもしれない。若い世代は、早くも次の大統領選での安の出馬を期待している。

 日本の政治ドラマの難点は、結末が読めてしまうことだ。あり得ない展開やあっと驚く大逆転は起こらない。一方韓国では最後まで展開が読めない。だから開票特番を、皆でビールを飲みながらサッカーのように「観戦」する。

 大統領選という最大の韓国政治ドラマでも、想定外な結末が待っているかもしれない。

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