コラム

日本のグルメ志向を政治家選びにも

2012年10月30日(火)14時07分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔10月14日号掲載〕

 日本ほどグルメな国はない。和食だけでなく世界中の多様な料理が楽しめ、日々新しいメニューが生まれる。しかしそんな日本人も政治家の味については、まったくグルメとはいえない。同じものをずっと食わされることに慣れ切っているのはなぜか、理解に苦しむ。というわけで、今回はグルメという観点から今の日本の政治状況を味わってみようと思う。

 民主・自民両党の総裁選が、何の感動も興奮もなくあっけなく終わった。09年の政権交代の高揚感はどこ吹く風で、かつて食べ掛けのままテーブルから姿を消した安倍晋三総裁が、自ら掲げていた「再チャレンジ」に成功した。

 政党支持率でも自民党の復権が顕著だ。国民は長年親しんだ「自民亭」が提供するA定食の安定感のある味が忘れられないのだろうか。確かに自民亭は、多彩な食材を使ってバランスの取れた日替わり定食を長年提供し、戦後日本の平和と繁栄の歴史の糧となった。

 ところが近年、そのA定食も変わり始めた。総裁選の候補5人衆に見られたように、日替わりのはずがカツカレー、トンカツ、カツ丼と「カツ」ばかりにこだわっている。これでは精は付くかもしれないが、胃もたれとメタボが心配だ。かつて自民亭の料理長だった河野洋平が「自民党はずいぶん幅の狭い政党になったもんですねえ。保守の中の右翼ばかりだ」と苦言を呈するのも無理はない。

 一方、A定食に食傷気味だった国民に対し、「生活が第一」を掲げて新たに登場したはずの「民主庵」のB定食。しかし、物珍しかったその味も「3・11」を経て変わってしまい、ハンバーグやステーキなど自民亭と変わらぬヘビーさそのままに、消費税アップに熱心になってしまった。今や「政権維持が第一」だ。

 そこで大手の外食チェーンに対抗して大阪発の、行列のできる「橋下屋」が提供する「維新定食」が誕生した。こちらは「新鮮さ」が売りだったが、次第にその食材の危うさが分かってきた。いざふたを開けてみると、中身は「高カロリー」な自民亭と大差なかったのだ。

■閑古鳥が鳴く社民処と共産軒

 もっと安くて目新しいメニューはないものか。そういえば自民亭の横で長年、弁当屋を営んできた「社民処」や「共産軒」は何をしているのだろう。最近ではまったく目にしなくなってしまったので、元気ですかと手紙でも書きたい気持ちだ。

 社民処と共産軒に閑古鳥が鳴いているのは、その名前のせいなのか、料理がまずいのか、客のニーズに合っていないのか、真摯な自己点検が必要だろう。だが、自民亭がかつて繁盛できたのは、お隣のライバル店の存在があったからともいえる。「両翼」のバランスが取れてこそ、安定飛行できるものだ。

 社民処や共産軒が、客からそっぽを向かれた弁当しか出せないなら、新たな「第三の勢力」による新メニューの開発が待たれる。格差是正、成長率、内需、脱原発、エコ、平和、福祉、幸福度など、実は時代の流れは、北欧型の「社会民主主義」の方向に向かっているともいえる。イデオロギー論争に埋没せず、世界からも注目される斬新でヘルシーで明るい「Cランチ」はないものだろうか?

 山中伸弥教授のノーベル賞受賞が示すとおり、学問、経済、スポーツ、文化面で日本は世界に通用する先進性と多様性を持っている。なのに、政治の世界となるとなぜいつも「おなじみの味」ばかりなのだろうか。まずは、国民がその持ち前のグルメ志向を発揮して、政治に対しても舌を肥やすしかない。

 グルメの基本は「普遍的独自性」だ。国内限定の味や威勢のいい宣伝文句だけでは世界に通用しない。ならば勇気を持って別の店を開拓するか、いっそ自分で新しい店をオープンしよう。客足が遠のけば大手も経営努力をするものだ。

 さて今日の昼食は何にしようかな?

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アクティビスト、世界で動きが活発化 第1四半期は米

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story