コラム

東京脱出組の私が帰り着いた「居場所」

2011年05月30日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 最近はタクシーに乗るたび、運転手とこんなやりとりをする。「お国は?」「フランスです!」「フランス? 3月11日からの原発危機でフランス人は日本からいなくなったと思ってましたよ」 原発事故が発生してからフランス人は一斉に日本を脱出したと思われている。私もその1人だ。

 私は取材で3月12日に福島と仙台に入り、19日まで滞在。19日に東京に戻り、フランス政府が在日フランス人の一時帰国用に用意したチャーター機に乗った。そして3月30日にまた東京に戻ってきた。今後もここにいる、という決意とともに。

 私が日本を離れたのは、フランスにいる家族のためだ。彼らが福島の原発事故のニュースを見て大騒ぎしたことが、在日フランス人の出国パニックの引き金になった。パリに向かう機内で話をした人のほとんどが「親を安心させるため」に帰ると言っていた。

 在日フランス大使館は緊急に24時間対応の電話窓口を開設した。混雑のピークは午前4時。8時間の時差があるフランスで午後8時のニュースを見た人が一斉に電話したせいだ! 

 私の両親は心配で眠れなくなっていた。祖母は日本のニュースを聞くたびに具合が悪くなっていった。 特に「事情通」の友人(フランスの外交関係者や電力業界関係者)からは、できるだけ早く日本を離れろと忠告された。所属先であるフィガロ紙からは3月17日に東北を離れるよう要請された。私は応じなかった。ジャーナリストは危険な場所でもとどまるべきだろう?

■パリでは「ガイジン」の気分に

  しかしそんな状況が1週間も続き、もうたくさんだと思った。頻発する余震にも疲れ果てていた。まだ東京にいた2人の娘のことも心配だった。娘たちを避難させなければと思った。

 フランスのパニックは日本以上だった。テレビのニュースで東京発大阪行きの新幹線の乗車券が20万円で闇取引されていると報じるなど、ひどい誤報もあった。

 フィガロ紙がウェブサイトで実施したフランス人読者限定の世論調査では、「原発危機における日本の対応を信頼しているか」という質問に70%が「ノー」と回答。欧州委員会のギュンター・エッティンガー委員(エネルギー担当)は、「福島の状況は大惨事」と発言した。

 ずっと東京にいた友人は冗談交じりにこう言った。「日本からフランスにマスクを送らなきゃ。フランス人は本当に怖がっているから!」

 東京電力の情報伝達のお粗末さと大惨事のさなかの「リーダー不在」だけが原因ではない。フランス人の心には今なおチェルノブイリ原発事故が影を落としている。当時、ソ連政府は嘘ばかりついてヨーロッパじゅうを危機に陥れた。そんな経験をしたら、原発危機を抱える国の政府をなかなか信用できない。

 それでも日本を離れるときは本当に恥ずかしかった。パリに着くなり「私はここで何をしてるんだ?」と思い、その思いはずっと消えなかった。

 両親は安心し、祖母の具合もよくなった。でも私はずっと違和感を覚えていた。日本にいるとき以上に、ガイジンの気分を味わった。 だから東京に帰ろうと決めた。

 たとえ大地震やチェルノブイリ級の原発事故や津波が起きる(しかも重なる)危険があっても、東京は私にとって世界一住みやすい街だ。私の知る限り、6歳の子供が独りで地下鉄に乗れる都市はほかにない。ある意味、東京は世界一安全な首都だ。ただし地盤は非常にもろい。東京のそうした長所も短所も受け入れるべきだ。

 4月17日、私は車で福島第一原発の20キロ圏内に入った。事故を起こした原子炉から数キロしか離れていない双葉町、富岡町、南相馬市を訪れた。私は再びジャーナリストになった。富岡町で(放射能に汚染された)ゴールデンレトリバーが近寄ってきたとき、私は自分に呼び掛けた。「お帰り、レジス」と。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story