コラム

複雑すぎるプラスチックごみの憂鬱

2010年05月17日(月)18時34分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

 自宅の玄関先で、妻が私に叫ぶ。「全然違うじゃない!」。私はどなり返す。「君はいつからこの責任者なのかい?」。すると彼女も負けじと言う。「字も読めないの!」

 ほぼ毎週、火曜日の朝になると私たち夫婦はこうして言い争う。普段はけんかが多いほうではないのだが、この日だけは必ずあることが原因で対立する。

 それは「プラスチックごみ」だ。

 私が住む東京の某市のごみ分別システムは、複雑極まりない。燃えるごみ、燃やさないごみ、それからプラスチックごみ。ごみ分別の方法を説明する用紙は複数言語で詳細に説明されているうえ、ごみ収集カレンダーにはイラストまでついている。それでも、どうやって分けたらいいか途方に暮れてしまう。プラスチックのまな板は燃やさないごみで、ダイレクトメールの外袋のビニールはプラスチックごみなのだから。

 燃えるごみと燃やさないごみの違いは分かる。年月を重ねるに連れ、新聞紙、雑誌とその他の紙を見分けることもできるようになった。だがプラスチックごみは、いまだに私を混乱させる。東京の複雑なプラスチック事情の前には、降参せざるを得ない。

 東京にも、私が住んでいる地域ほどごみを細かく分別しないところもある。大学で見ていると、同僚たちもいつも間違ったごみ箱にごみを捨てている。ごみの分別は複雑になり過ぎて、大学教授でさえ区別ができないのだ! 駅では人々が、いくつもあるごみ箱の前でどこに捨てるべきか迷っている姿をよく見かける。

 プラスチックごみは、その他のどんな種類のごみよりも複雑だ。

■刺身の少量パックを買うと、魚よりごみが多い

 最近新しいデジタルカメラを買ったのだが、カメラの使い方を覚えるよりも時間がかかったのは、包装を解く作業だった。カメラが入った箱は薄いフィルムで覆われており、個々のパーツは3種類の異なる方法で包装されている。電池は静電防止用の青いビニールに、メモリーカードはプラスチック製のケースに入っていて、コードはプラスチック製の結束バンドで束ねられている。購入した日は雨が降っていたから、カメラ店はご丁寧に手提げ袋の上にビニールのカバーをかけてくれた。

 魚を買っても同じ具合だ。少量の刺身を買ったとする。何層にも重ねられたラップ包装をはがし、葉っぱに模した緑色のビニールシートを抜き取り、小さな袋に入ったわさびを取り出して、ポリスチレン製のトレーをどうするかを考えなければならない(ポリスチレンはプラスチックごみでいいのだろうか)。たいていは魚そのものより、ごみのほうが多い。

 東京にあふれるプラスチックやビニールの量は、簡単な数式で表すことができる。「先進プラスチック材料工学×清潔さの文化的価値×美しい包装を愛する日本人の心」だ。東京には、考え得る限りのプラスチックやビニールのバリエーションがあるに違いない。

 かつては透明か、少し白みがかっている程度だったが、最近のプラスチックはどんな形態のものもあり得る。厚いもの、薄いもの、折り曲げ自在のもの、硬いもの。銀色っぽいコーティングがしてあるもの、表面がツルツルのもの、ざらざらしているもの――とにかく、ありとあらゆる形状がある。

■東京全体が合成樹脂でできている?

 そして東京では他のものと同じように、プラスチックやビニールもスタイリッシュでなければならない。たいていの家には、展覧会ができるほど多種多様なビニール袋がそろっているはずだ。世界のほかの都市にもビニール袋やプラスチックはあるが、東京のプラスチックほど美しくも複雑でもない。

 この街では、たくさんのプラスチック製品が家の中を占領するのは避けようがない。あらゆるやり取りに、プラスチックやビニールがからんでいる。スーパーマーケットに行けば、買い物カゴからプラスチック容器がこすれる音が聞こえ、CDを買えば、はがれにくいフィルム包装をはがさなくてはいけない。プラスチックの周りをさらに覆うとは!

 ときどき、東京全体が合成樹脂でできているのではないかと思うこともある。ペットボトル飲料を飲み、駅でSuicaを使い、ボールペンで字を書き......東京では1日中、樹脂製品に触れている。ようやくプラスチック以外のものを触ると、安心感さえ覚える。

 もちろん東京には他にもたくさんの素材があふれている。木材、金属、ガラス、織布,畳に使われるイグサ。ただどれも、プラスチックより高尚で人間味があるとでもいうように、存在感を主張せず控えめだ。

 東京の外皮を覆うのはプラスチックかもしれないが、東京の中にはもっと多様なものが詰まっている。それなのに、東京はなかなかその包装を解こうとしない。

 私はもちろん、東京のプラスチック以外の顔のほうが好きだ。だから、包装材を1枚1枚はがす忍耐力を少しずつ身に付けてきた。東京のもっと豊かな内面に到達するために。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送 -EUが米ファイザーRSVワクチン承認拡大、

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン

ワールド

メキシコ政府、今年の成長率見通しを1.5-2.3%

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story