コラム

ラスベガス 醒めないハングオーバー

2009年12月16日(水)10時00分
ラスベガス 醒めないハングオーバー
映画『ザ・ハングオーバー』

 バチェラー・パーティ(結婚式直前の花婿が悪友たちと一緒に独身最後のエッチなバカ騒ぎをするアメリカの風習)でラスラスベガスに遊びに来た男たち4人。

 高級ホテル「シーザーズ・パレス」に部屋をとり、景気づけに一気飲みしたら、翌朝まで記憶がない。強烈なハングオーバー(二日酔い)だ。しかも、ホテルの部屋では虎がガルルルと唸っていて、赤ん坊がほぎゃあほぎゃあと泣いている。おまけに乗ってきた自動車はパトカーに替わっている!

 この虎はオレたちが買ったのか? 赤ん坊は一晩で作ったのか?
 
 昨夜、オレたちはいったいどれだけハメを外したんだ?

 おまけに肝心の花婿が行方不明。結婚式は明日なのに!

 3人の男が失われた一晩を取り戻そうとラスベガスでドタバタを繰り広げるコメディ映画『ザ・ハングオーバー』は、ヘザー・グラハム以外無名のキャストなのに内容の圧倒的な面白さで興行収入270億円超えのウルトラメガヒット。今年最も儲けた映画になった。

 ところがこの大ヒット作、日本では劇場公開なしでDVDスルーになる。日本の現状から判断すれば、それもしかたがない。邦画、それも女性向け、またはテレビや漫画の映画化しか客が入らないからだ。日本は本当の映画ファンにとって世界一住み辛い国になってしまった。

 ただ、予言しておこう。この邦画バブルは弾ける。あまりにもカスばかりだから。そして、浮動層を狙うあまりベースとなる顧客を大事にせず、次世代の映画ファンを育てなかった映画界は、廃墟への道を進むだろう。

 それはさておき、そのDVD発売記念パーティが映画の舞台になったラスベガスのシーザーズ・パレスで開かれ、招待されたので行ってきた。

 最後にベガスに来たのは2005年1月。それからたった4年でこれほど変わるとは。

 シーザーズ・パレス25階の部屋の窓から外を眺めると、05年にはなかった高層ビルがあちこちにそそり立っている。どれも高級コンドミニアムだ。ロサンゼルスやシリコンバレーに住む金持ちがリゾート・ハウスとして買って、週末に飛行機で飛んできてゴルフやギャンブルを楽しむわけ。

 ラスベガスは、01年から06年までアメリカを荒れ狂った不動産バブルで最も住宅価格が高騰した場所。なんと8割も上がった。つまり2000万円のコンドミニアムが5年で倍近い3600万円に跳ね上がったわけで、デベロッパーたちは、何よりも効率のいい投資と宣伝してコンドを建てて売り出したのだ。

 なかでも目を引くのは、窓の向こうで下品な黄金色に輝くトランプ・タワー。ファジーな生え際で有名な不動産王ドナルド・トランプが「ベガスでいちばん高いビルを建ててやる!」とぶっ建てた64階建てのホテル&コンドミニアムだ。

『ザ・ハングオーバー』の取材は監督のトッド・フィリップスとのインタビューが楽しかった。

「君は日本から来たんだって?」フィリップス監督は尋ねてきた。「日本では性器を映画やビデオで見せることができないんだって? 『ザ・ハングオーバー』にはチンチンが映るけど、大丈夫かい?」

「いやあ、たぶん日本ではモザイクがかかるでしょうね」オイラは推測で答えた。

「俺が昔撮ったG.G.アリンのドキュメンタリー映画『ヘイテッド』も最近、日本でDVDが出ただろ。あれもチンチンがいっぱい映ってるだろ?」

「いや。アリンは大丈夫です。だって小学生のチンチンくらいしかないから」

「俺、『ヘイテッド』を精神科の先生に見せたことがあるんだ。で、『このアリンってパンクロッカーは殺人やレイプのことばかり歌って、客を殴ったり、ステージでウンコして客席に投げたりするんですけど、彼の怒りはどこから来るんでしょう?』って質問したら、その精神科は『簡単です。ペニスが小さすぎるからでしょう』って言ってたよ(笑)」

 そしてカジノの話になった。監督はブラックジャックが好きだと言う。実際、インタビューの前にブラックジャックのテーブルで遊んでいる監督を観た。

「君はギャンブルする?」と監督に聞かれたので「ブラックジャックもポーカーもルーレットもしません」と答えた。「どれも一回賭けるごとに胴元にテラ銭を取られるから損ですよ。僕はクラップスしかやりません!」
 
 クラップスは赤いダイスを2個投げて合計の目に賭ける、まあ、アメリカのチンチロリンだ。合計の目は7になる確率がいちばん高く、7が出たら負けだ。でも、7が出ない限りずっとロールしていい。

 クラップスでいちばんいいのは、テーブルに置いた賭け金は、7が出ない限りディーラに取られずにそこに残るということ。ルーレットだと1回ごとに外れのチップは全部取られちゃうでしょ?

 もうひとつはダイスを転がすのは客だけで、ディーラーはダイスに触ることもできないってこと。ルーレットはディーラーが回すし、カードも彼らが配る。スロットも店にコントロールされている。でもクラップスは100%客の運次第だ。



ラスベガスの街並み 左奥に立つ金色のビルがトランプ・タワー


 インタビューが終わってカジノに降りた。テーブルに向かって歩いてる時、頭の中で自分はスローモーションで、ジャケットをはためかせている気分になる。ジョン・ウーの映画で決闘に向かう男たちのように。オイラはバカだ。

 その日はロデオの全米決勝がベガスで行われているとのことで、カウボーイハットにカウボーイブーツの大男たちがクラップスのテーブルに群がって「イーハー!」とか叫んでいた。

 そういえば、日本人がクラップスをしているのは見たことがない。日本人はスロットやバカラをやってる。バカラは王様のギャンブルとか言われているが、本当は堕落したバカ貴族でもできるバカなゲームだよ。

 ところが、その日は珍しく、左隣に日本人がいた。正しくは日系人だ。

「あなた、何人ですか? わたしはリチャード・ホシノ。84歳です」

 その老人はきちんとした日本語でそう話しかけてきた。ホシノさんはハワイ生まれ。第二次大戦中は米軍の通訳として、日本兵の捕虜を収容した病院で働いたという。

 オイラがダイスを振る番が回ってくると、ホシノさんはオイラにいっぱい賭けてくれた。まあまあいいロールで、自分は200ドルほど儲けた。次はホシノさんの番だ。

「私はパスします」

「どうしてですか?」

「私はこの年まで生きて、運を使い果たしました。だから、あなたのような若い人に賭けるんです」

 いや、そんなに若くないんですけど......。

 ところがである。このテーブルの最低ベットが10ドルから25ドルに吊り上げられた。1回最低約2500円賭けろというのだ。

 サッと客たちは去って10ドルのテーブルに行った。いやあ、景気悪いんだなあ。実は、現在、ラスベガスのギャンブル収入は過去6年間で最低を記録しているのだ。

「10ドルのテーブルは満員だから私は帰ります。グッドラック」

 そう言って去って行くホシノさんの小さな背中を見送ってから、25ドルのテーブルで打ったら、アッという間にスッテンテン。くー!

 翌朝、タクシーに乗ったら珍しく女性ドライバー。

「アナタ、勝ッタ?」

「負けました。聞いたことのないアクセントですね」

「ぶるがりあカラ10年前ニ移民シマシタ」

 彼女はイヴァナと名乗った。

「それってドナルド・トランプの前の奥さんと同じ名前ですね」

「アノ人ハちぇこ人デス。デモ、とらんぷモ大変デスヨ」

 トランプ・タワーは建ったものの、トランプのカジノ事業は今年2月に破綻。ツインタワーにする計画は凍結されたという。

 トランプだけじゃない。ベガスのコンドミニアムの価格は、07年から09年の2年間に、なんと5割近くも下がっている。ピーク時に3600万円で買ったコンドが今は半額の1800万円の価値しかないのだ。

 ダウンタウンには建設費だけで1億2500万ドルもかかったストリーミング・タワー という高層コンドが建っているが、現時点で半額以下の3000万ドルの価値と算定されている。

「建設途中デ資金ガ尽キタびるモ多イヨ」

 ラスベガス最大のプロジェクト、シティセンターもその1つだ。バブルの絶頂期、ラスベガスのど真ん中に総工費85億ドルをかけたホテルとコンドとカジノとショッピングの複合施設「シティセンター」の建設が始まったが、金融危機で暗礁に乗り上げた。ドバイの政府系ファンドが出資して建設が続き、09年にとりあえずホテルがひとつだけ完成してオープンした。ところが先日のドバイのバブル崩壊で、建設の継続が危ぶまれている。

「オ客サン、数百どる負ケタクライ、気ニシナイ。ココノびる建テテル連中ハ、何億どるモ失クシテルンダカラ」

 金融業者たちはウォール街を、いや、世界の経済をカジノにしてさんざん遊んだ。自分の金じゃなくて一般の客の金で。気がついたら、虎じゃなくて建設途中のバブルなビルの廃墟が残った。そして、世界はまだそのハングオーバーから醒めていないのだ。

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

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