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コラム
町山智浩やじうまUSAウォッチ
不況下で増える悲しい「ファミリサイド」
全米で4番目に殺人事件の多い町オークランドに5年も住んで、2年前にやっと治安のいい町に引っ越した。
小学3年生になるうちの娘も、9月の新学期からそこの市立小学校に転校することになった。その学校には、娘が通うサンフランシスコ日本語学校のクラスメートのユキちゃん(仮名)が通っていた。毎週土曜日の日本語学校でユキちゃんと仲良しになった娘は「これからは月曜から金曜もユキちゃんと一緒だね」と、本当に楽しみにしていた。
しかし、ユキちゃんは3年生にはなれなかった。
地元の新聞が、公園の駐車場にとめられた車の中で家族4人の遺体が発見されたと報じた。ユキちゃんと幼い妹、そして両親だった。父親が拳銃で3人を撃った後、自分の頭を撃ちぬいたのだ。
お母さんは日本人で、アメリカで勉強してお医者さんになり、独立して自分のクリニックを開業した。直接会ったことはないが、日本人の母親コミュニティでは気さくな人として好かれていた。
父親はアメリカ人の白人で、妻のクリニックを経営していた。遺書は公表されていないが、新聞によるとクリニックの経営難について書いてあったという。
一家無理心中を英語でファミリサイド(familicide)という。親が子供を道連れにするというのは家制度のあった儒教文化圏独特の現象だと思っていた。離婚率5割、シングルマザーは当たり前、個人主義のアメリカには一家心中は似合わない。そう思っていたのだが違ったようだ。
今年に入ってから、全米各地で悲惨なファミリサイドが多発している。
1月27日、カリフォルニア州ウィルミントンで病院を解雇されて絶望した父親が妻と2歳の双子を含む6人の子供を射殺して自殺した。その翌日、1月28日にもオハイオ州コロンバスで失業中の父親が妻と4人の子供を射殺して自殺した。
3月29日、カリフォルニア州サンタクララでヤフーのエンジニアが妻と2人の子供と妻の弟夫婦とその子供を45口径の拳銃で撃って自殺した。動機は不明。
4月4日、ワシントン州グラハムに住む父親が妻と5人の子供をライフルで撃って自殺した。一家は貧困層用のトレーラータウンに住み、妻は離婚を望んでいた。
4月18日、メリーランド州ミドルタウンでセールスマンの父親が妻と3人の子どもを拳銃で撃って自殺。父親は 約4600万円の住宅ローンとクレジットカードの負債が支払えなくなっていた。
4月19日、ニューヨークの税理士が、メリーランドの大学に通う19歳の長女を、妻と次女と一緒に訪ね、ホテルで家族全員を鈍器で殴り、窒息死させた後、自分はナイフで自殺した。彼はマンハッタンの一流企業をクライアントに持っていたが、バーナード・マドフ的な投資サギであちこちから20億円もの金を集め、返済を要求されて、空の小切手を切っていた。
お金は、多くのファミリサイドの原因だ。国立衛生研究所と労働統計局のデータではファミリサイドの数と失業率は完全に比例している。クリーブランドのケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究では、ファミリサイドを起こす親の6割が失業状態にあるという。
しかし破産くらいで死ぬことないし、子どもまで無理やり道連れにすることはない。その心理を様々な心理学者が分析しているが、まとめるとだいたいこんな感じだ。「私はもうおしまいだ。ということは子供たちもおしまいだ」 「苦しまないようにしてあげよう」 「この子たちは誰にも渡さないぞ。私のものだ」 「私1人で死ぬのは寂しすぎる」
愛という名のエゴ。奥さんや子供を自分の所有物だと思っているわけだ。
これは男の病なのか、一家無理心中を起こすのは2倍以上の率で母親より父親が多い。母親は自分を捨ててでも子供を守ろうとするが、父親のほうが所有欲が強く、挫折や孤独に弱い......。日本以上に男らしさを気にし、デカい車とフットボールを愛し、ビジネスも戦争もガンガン押し出すイメージのアメリカの父親たちでもそうなのか。
ユキちゃんの父親は明るく社交的で、学校のボランティアにも積極的に参加し、娘の誕生日には盛大なパーティを開いたという。
「でも、見栄っ張りな男だったね」――誕生会に呼ばれたSさんが言った。服も車も家も何もかも一流でなきゃ、みたいな人物だったそうだ。
彼は経営に苦しんでいる事実を誰にも相談していなかった。問題を自分の内側に抱え込んでしまった。彼は元CIA局員だった。どのような仕事に従事していたのかは国家機密なので明らかにはされない。秘密を守るのが仕事だったとはいえ、本当に困ったときは人に相談しろよ!
ユキちゃんがどこへ行ったのか、うちでは娘に話していない。娘も何も聞かなかった。友達から聞いて知ってしまったのかもしれないが、親からはとても話せない。
2年前の日本語学校のアルバムは、うちでは開かなくなった。娘と並んでユキちゃんが微笑んでいるから。
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