コラム

シェール革命とはいうけれど

2012年12月10日(月)11時49分

 アメリカはシェール革命に沸いています。これまで天然ガスの輸入大国だったアメリカが、一転して天然ガス輸出国になりそうだというのですから、大きな変化です。

 シェールガスの採掘が始まっている地方では、全米から人が集まり、好景気を謳歌しています。私も去年3月、アメリカの採掘現場を取材しましたが、掘削が極めて簡単な上に、いったん掘り当てれば、後は自然に噴出してくるのですから、管理も楽です。

 シェールガスとは、地下深くにあるシェール(頁岩)の隙間に存在する天然ガスのこと。シェールオイルは、ここに埋蔵されている石油のことです。

 このシェール層の岩盤を破砕してガスや石油を取り出す技術がアメリカで開発されたことにより、大量の天然ガスや石油が新たに採掘できるようになりました。これがシェール革命です。本誌日本版12月12日号は、これを特集しています。

 特集記事は、こう書きます。「最新の、ただしかなり乱暴な掘削技術の登場で、今までは手の届かなかった膨大な量の原油や天然ガスを掘り出せるようになった。そして既に、世界のエネルギー市場の力関係を大きく変えつつある」と。

 今年のIEA(国際エネルギー機関)の年次報告によれば、2020年頃までにはアメリカが世界最大の産油国になり、2030年頃には原油を中東などから輸入する必要がなくなり、むしろ余った原油を輸出できるようになるというのです。

 夢のエネルギーのように語られるシェールガスやシェールオイルも、掘削にあたって環境破壊を引き起こしたり、小規模な地震の引き金になったりするという懸念の声も高まっていますが、この記事は、その点についても触れています。

 全体としては過不足ない記事になっているのですが、注文がひとつ。「最新の、ただしかなり乱暴な掘削技術」と書かれると、どんな仕組みなのか知りたくなりますが、記事には図解がないのです。これでは読者に不親切です。

 それはともかく、アメリカにとって夢のエネルギーでも、日本への恩恵があまりないのが気がかりです。シェール革命で、天然ガスの国際価格は値下がりしているのに、日本が輸入する価格は下がっていないからです。それは、なぜか。

「日本が買うLNGが高額な理由は、石油危機後、ガス価格を原油価格に連動させ、さらに20年の長期契約とする国際慣行に従ってきたため」です。「アメリカのシェールガス革命で天然ガス価格がどんどん下がり始めた今、契約価格と市場価格の差は大きく開いている」。これが問題なのです。

 原発が止まって火力発電の比率が高まっている現在、天然ガスの輸入価格を少しでも引き下げることが急務です。

 日本にとって気がかりな点がもうひとつあります。これも、この特集記事できちんと触れています。それは、アメリカが中東への関心を失うことです。「ペルシャ湾に第5艦隊を張り付けて中国や欧州向け原油を守らなければならないなどバカげている」という投資家の声を紹介しています。

「アメリカが撤退すれば、シーレーンを防衛するのは中国海軍になる。中東からの原油輸入量は減っても、中国海軍の存在感が増せば、日本にとって大きな圧力になるだろう」
 
 やれ、やれ、日本を待ち受ける課題は増えるばかりです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story