コラム

シリア情勢:泥沼になれば過激になる

2012年07月26日(木)11時30分

 シリアはどうなるのか。首都ダマスカスでも激しい戦闘が伝えられていますから、反政府勢力は、首都攻撃ができるほどの能力を備えるまでになったのでしょう。

 どうして、それだけの力を蓄えるまでになったのか。シリアのアサド政権は、イスラム教シーア派の中のアラウィ派。国民の多数派はスンニ派ですから、少数派による支配ということになります。自分の支持基盤が限定的であることを自覚していると、つい強権的な政治に走りがちなもの。スンニ派を弾圧するようになります。

 これは、スンニ派が圧倒的に多い周辺アラブ諸国にとって、受け入れられることではありません。サウジアラビアとカタールは、反政府勢力に資金援助をしていると伝えられています。これにより、反政府勢力は力をつけたのでしょう。

 その点で注目すべきなのはカタールのポジションです。カタールはリビアの反政府勢力にも援助をし、カダフィ政権を倒しました。今年6月にリビアのトリポリで会った元戦闘員は、「カタールには大変お世話になった」と支援を認めました。

 そのカタールにあるのが、アラビア語の衛星放送「アルジャジーラ」です。アラブ世界でほとんど唯一報道の自由を確保し、アラブ各国の民主化運動・反政府行動を伝えています。

 報道の自由を享受していることは確かなのですが、この報道を見ていると、「政権が倒れるまで報道を続けるぞ」という、反政府的な色彩が濃くなっているのも事実です。

 カタールは、放送で反政府勢力を紹介するという"支援"をしながら、政府は反政府勢力に資金援助。軍隊は反政府勢力を訓練して、戦場に送り込む。カタールは首長国。つまりアラブの王様が政治をする王政です。なのに、報道の自由を認め、アラブ世界の民主化に尽力する。これがカタールなのです。

 何が目的なのか、いまひとつわからない。これがカタールの魅力でもあります。

 そんなカタールに支援されているシリアの反政府勢力ですが、力をつけると共に変質し始めているというのです。

 本誌日本版7月25日号の「シリア反体制派の危険な変化」は、そんな実態を伝えています。

 シリアでの民主化運動を最初に始めた「ディオジェン(仮名)」が、最近は革命に幻滅を感じているというのです。それはなぜか。

 「反政府武装勢力の自由シリア軍は、宗教過激派に主導権を奪われていると、ディオジェンは語る。過激派はまだ少数だが、イスラム国家の樹立を最終目標に掲げているという」。

 これが答えです。「外国からの援助の大半が少数の過激派に流れていると主張する」学者もいます。

 国際社会の支援がなく、絶望的な戦いを強いられている組織は、過激派には魅力的です。援助に入れば感謝され、戦闘にも参加すると、称賛すら受けられる。過激派は勢力を伸ばすことができます。

 シリアのアサド政権は倒れたが、とんでもない宗教過激派が政権を掌握した。これは誰にとっても悲劇です。シリアの内戦状態を一刻も早く終わらせること。それは、過激派台頭を事前に食い止めるためにも必要なのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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