コラム

ロムニーへの皮肉な記事

2012年05月09日(水)18時43分

 声高な批判記事を書くのは、どちらかというと、容易なもの。洒落た皮肉をまぶした記事というのは、なかなか書けるものではありません。そんなエスプリの効いた記事を久々に読みました。本誌日本版5月16日号の『大統領候補ロムニーが隠したい過去』です。

 現職のオバマ大統領に対抗できる共和党候補はミット・ロムニーに絞られてきました。彼は実業家として「経済がわかる候補」をセールスポイントにしています。高い失業率に悩むアメリカの救世主になろうというのがロムニー候補の主張です。

 ところが、この記事では、ロムニーが前マサチューセッツ州知事だった経歴や実績をアピールすべきだったとロムニーに助言しています。

 これだけ読むと、筆者の政治評論家ポール・ベガラは、ロムニーに本当にアドバイスしているかのように見えます。

 ところが、読み進めると、別の意味が浮かび上がってきます。ロムニーがマサチューセッツ州知事だった時代、「マサチューセッツ州は雇用拡大がほぼゼロだったことに加え、実質所得の中央値も下がった。州民の収入はロムニーが知事になって減少したわけだ」

 さらに、「中流層の負担を増やし、富裕層の増税を見送ったロムニーの政策は成功したとは言い難い」 「だが州民の医療皆保険制度の導入に関しては別だ。これはロムニーが知事時代に行った最高の実績だ」 「ロムニーは大統領選の戦略を大幅に練り直すべきだ。雇用問題について語るのはもうやめて、マサチューセッツ州の皆保険制度の成果を堂々と自慢したほうがいい」

 これがアドバイスなのですから、皮肉が効いています。現在のアメリカの共和党候補たちは、異口同音に、オバマ大統領がマサチューセッツ州をモデルに導入した医療保険制度を厳しく批判し、制度の廃止を求めています。筆者も、そのことを知りながら、こうアドバイスしているのです。

 つまりは、ロムニーに対して、民主党的な政策の実績を訴えなさい、と要求しているのです。これは、「共和党候補としてふさわしくない」との強烈な皮肉です。

 「雇用について口にして、州知事時代の経済運営を批判するチャンスをオバマ陣営に与えるべきではない」って、そんな言い方で、この筆者は、ロムニーを批判しているのです。いやはや、アメリカの政治評論家は、一筋縄ではいかない筆法を使います。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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