コラム

ホテルの客室で何があったのか

2011年08月15日(月)13時22分

 ジャーナリズムの大原則は、相手の言い分を簡単には信じてしまわないこと。

 ニューヨークのホテルでIMF(国際通貨基金)のドミニク・ストロスカーン専務理事(当時)が客室係に性的暴行を加えた容疑で逮捕された事件は、一大スキャンダルとなり、IMFの専務理事が交代する事態に発展しました。

 警察の発表を聞いて、それを記事にするにせよ、発表以外にどんなことがあったのか、その真相を探るのがメディアの務め。逮捕された人物が、次期フランス大統領選挙の有力候補者とあって、フランスでは「ワナ」だと受け止めた人が多かったのですから。

 その後、「被害者」の女性の証言の信憑性が怪しくなったとして、ストロスカーンの自宅軟禁が解かれました。「そうか、やっぱりはめられたのか」と受け止めた人も多かったのではないでしょうか。

 しかし、それをそのまま報道して終わりにしてはダメ。女性の立場が悪くなったからには、今度は女性の言い分も聞いてみなくては。かくして『ニューズウィーク』は、この女性の独占インタビューに成功しました。

 ただし、日本版では、翻訳の事情があったのか、その週には掲載されず、日本版8月10/17日号に、その後の動きが掲載されました。当初のインタビューの中身は、このウェブ版の別項目に掲載されていますから、興味のある人は、そちらをどうぞ。

 もしこの証言が本当なら、この女性は、ホテルの客室で被害者となり、刑事事件となった後、信頼できない人物として批判されるという二重の被害をこうむったことになります。

 警察の一方的な発表をただ書くだけでなく、そのウラを取るために、関係者の証言を取材する。これぞジャーナリズムの鏡です。

 ただし、ジャーナリストは性格が悪くないとつとまりません。この女性が『ニューズウィーク』に証言したことが、すべて事実だったのか、さらに検証してこそ、本物でしょう。

 でも、それによって、この女性のプライバシーが必要以上に明らかになってしまったり、人間性を否定するかのようなことになってしまったりしては、元も子もありません。これがジャーナリズムのむずかしいところ。

 本誌の特ダネインタビューに拍手を送りながらも、どこか割り切れない気分にもなるのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 4
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 7
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 8
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 9
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 10
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story