コラム

ブラジルの治安は回復するのか

2011年05月28日(土)18時13分

 南米のブラジルといえば、BRICsの1角として、経済発展が目覚しい国です。サッカーのワールドカップにオリンピック開催まで決まり、「21世紀はブラジルの世紀」と呼んでもいいほどです。

 豊かな天然資源に恵まれ、巨大な海底油田の存在も次々に明らかに。農業大国でもあり、羨ましいことばかり。

 しかし、羨むことのできない点もあります。それは「犯罪大国」でもあるということです。

 今年1月、私はブラジルのサンパウロを取材しました。多くの日系人と会いましたが、地方で農業に従事する人たちが心配していたのが、強盗の襲撃でした。治安が悪いのは地方ばかりではありません。いや、むしろ都市部の治安悪化のほうが深刻です。サンパウロにしてもリオデジャネイロにしても、「ファベーラ」と呼ばれるスラム街がいくつも存在し、ここが治外法権状態なのです。

 入り組んだ狭い道と積み重なるようにアパートが密集した地域は、警察もアンタッチャブル。警察も手を出せないギャング組織が牛耳っています。なにせ2009年には、リオデジャネイロで警察のヘリコプターが麻薬組織によって撃墜される事件が起きたくらいですから。

 いくら経済が元気でも、これでは見通しが明るくない...と思っていたのですが、上に人を得れば、状況は大きく変わります。リオデジャネイロの治安が劇的に改善されつつあるようです。そんな明るいリポートは、本誌日本版6月1日号に掲載されています。

 きっかけは、リオデジャネイロ州の保安長官にジョゼ・マリアノ・ベルトラメ氏が任命されたこと。リオデジャネイロの人口900万人のうちの2割が住むスラム街の浄化に乗り出したことです。軍の全面的な支援の下、治安部隊が、スラム街を、ひとつずつ制圧。ギャングを逮捕・追放すると、住民40人に警察官1人の割合で警察官が手厚く配置され、その後の治安確保に当たっています。

 かつてもブラジルの警察は、スラム街に攻撃をかけ、成果を上げたら引き上げ、元の木阿弥を繰り返してきました。しかし、今度は、面で制圧する新しい手法で成果を上げているというのです。

 かつてアメリカのニューヨーク市も、治安の悪さで知られましたが、ジュリアーニ市長による治安回復策によって、見違えるばかりになりました。トップに立つ者の資質によって、ここまで劇的な変化をもたらすことができるものなのですね。

「ブラジル・モデル」は、治安の悪化に悩む他の国にも参考になりそうです。これで、ワールドカップもオリンピックも、安心して見に行けるようになるといいのですが。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story