コラム

フランスの極右よりも右なのは?

2010年09月13日(月)10時46分

 日々の国際ニュースは新聞で得ることができますが、その底流を知るとなると、本誌のような国際情報誌が役に立ちます。本誌日本版9月15日号の「父より危ないフランスの新女王」という記事など、いい例です。

 フランスのサルコジ政権は、ルーマニアなどからの少数民族ロマ(かつてはジプシーと呼ばれたが、差別的な表現だとして、いまはこう呼ばれるようになった)が違法に滞在しているキャンプを撤去して、母国への送還を開始しています。

 これには、移住の自由を認めるEU(欧州連合)の基本理念に反するとして反対運動も起きています。

 サルコジは、なぜ強硬策を貫くのか。その背景には、ヨーロッパ全体の右傾化があります。イタリアでは、ファシスト党系の「自由国民党」が存在感を強め、オランダでは今年6月の総選挙で移民排斥を掲げる「自由党」が躍進しています。

 移民の激増に苛立つ世論の右傾化を受け、フランスの政権も、流れに抗せないというわけです。

 そんなフランスで大きな影響力を持つ右派の政治勢力といえば、ジャンマリ・ルペン党首率いる「国民戦線」です。

 ルペンという人物を、この記事はこう評しています。

「フランスの極右勢力を率いる扇動家で、過去数十年にわたって多くの支持者の心に潜む外国人嫌悪や人種差別意識を引き出し、巧みに操ってきた男」と。

 そのルペンも、もう82歳。遂に引退の時期を迎えますが、その後継者と目されているのが、ルペンの娘マリーヌ(42)だそうです。

 なんだ、フランスでも2世政治家か、と突っ込みを入れたくなりますが、「徹底した反EU姿勢、犯罪や移民に対する強硬措置の熱心な代弁者」だそうです。「新鮮味ある彼女の人気は上昇中。12年大統領選への立候補が噂される政治家の中で、3位の支持率を誇っている」とのこと。

 2012年のフランス大統領選挙の台風の目になりそうです。

 しかし、単なる「右派の新星現わる」という記事に留まっていないのが、この記事のいいところ。

「アメリカの右派は国民戦線よりずっと右寄りだ」というマリーヌ・ルペンの発言を紹介しています。

 アメリカの共和党に代表される右派は、国家の介入を嫌悪するのに対して、「政府は介入する手段を持つべきだと思う」と彼女は言います。

「地域や国民の間の不平等に歯止めをかける方法として、私たちはフランス流の福祉制度を支持する」と。

 フランスの極右勢力という表現はよく使われますが、フランスの政治勢力は、左右とも、フランス流の「大きな政府」による福祉制度を当然視しているのだということを、この記事は教えてくれます。

 いやはや、記事のタイトルは「父より危ないフランスの新女王」とありますが、本当は、「フランスの極右より右なのがアメリカ共和党」ということではありませんか。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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