コラム

中国政府の情報操作の実態を知る

2009年07月22日(水)10時00分

 新疆ウイグル自治区で発生した「暴動」なるもの。発生直後、日本の各メディアは、北京駐在の記者やカメラマンが現地に入り、報道を続けました。

 私は現地取材の映像や記事を見て、「中国政府が珍しく外国人ジャーナリストの取材を認めた」と驚きました。中国政府も、少しは開放的になったのか、と。

 しかし、そんな単純なものではなかったことを、7月22日付本誌は伝えています。

「何より注目すべきは、中国政府としてはおそらく初めて冷静沈着なPR活動を展開していることだ」というのです。

 去年、チベットでの「動乱」をめぐって、中国政府の広報が失敗したことを教訓に、今回は、政府側が状況を積極的に発表し、市の中心部に外国人ジャーナリストを案内する「バスツアー」まで開催したとのこと。

 インターネットと携帯電話が普及した現代、完全な情報遮断は到底無理。それなら情報遮断を試みるだけでなく、情報操作も実施しようという作戦だったようです。中国政府の対外広報担当部門である国務院新聞弁公室は、ウルムチに「新疆新聞弁公室」を開設。外国人ジャーナリストには、関連した写真や映像の収められたCDまで配布する手の込みようでした。

 こうして対外的には、政府側が受けたダメージを強調する一方、中国国民には、国営メディアを通じて、暴動参加者は政治的に不満を抱く少数民族ではなく単なる暴徒だというイメージを与えました。

 さらに、「国内向けの報道内容は視聴者ごとに区別されている」とのこと。つまり、ウイグル語放送では、当局がウイグル族の不満に理解を示す内容を伝えていますが、北京語による全国放送では、「野蛮なウイグル族が暴動を起こしたという話を流している」のだそうです。

 日本の新聞やテレビの報道でも、ウイグル族の不満や怒りは伝えられましたが、中国政府が、なぜ外国人ジャーナリストの現地取材を認めたか、そんな背景や思惑をきちんと伝えた日本の大手メディアは、寡聞にして知りません。そんなanother viewを伝えてくれるから、「ニューズウィーク」は読む価値があるのです。

 とはいえ、この記事が掲載された7月22日付の表紙は、マイケル・ジャクソンの写真。ウイグルの「暴動」が掲載されていることが表紙からはうかがい知れませんが、店頭で売るためには、これも仕方のないことでしょう。

 ただし、「Perspectives」では、テレビがマイケル・ジャクソンのことばかりを報じていることを皮肉った漫画が掲載されています。この皮肉は、漫画を掲載している本誌にも向けられることになるのですが。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story