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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
いま必要なのは途上国型の「戦時レジーム」の清算だ
国連は、世界の人口が2100年に112億人に達すると予想する報告書を発表した。人口が世界最大になるのはインドの16億6000万人で、2位の中国は10億400万人。日本は8300万人で、労働人口が全人口のほぼ半分になる。労働人口は毎年1%ずつ減っているので、10年後には実質GDP(国内総生産)はマイナス成長になるだろう。
ただ一人当り成長率はプラスを維持できるだろう。人口密度も下がるので住みやすくなるが、全国の密度が一律に下がるわけではない。地方の過疎地は無人化してインフラが維持できなくなるので、放棄するしかない。「地方創生」と称して全国に公共事業をばらまく政策はやめるべきだ。
他方で大都市には人口が集中して高齢化が進む。東京都の人口分布のピークは25年後には60~65歳になり、高齢者が143万人も増える。これに老人ホームなどの増設で対応しようとしても、現役世代の減少で税収も減るので、都市財政が破綻する。国立競技場に2500億円も出す予算があれば、老人用の安い賃貸住宅を大量につくるべきだ。
今の社会保障制度を放置すると、2035年には現役世代の可処分所得は激減し、給料の6割が天引きされるようになり、2075年には可処分所得がマイナスになる。もちろんそんなことは不可能なので、このまま放置すると2020年代に社会保障は破綻するが、与野党ともにこの問題にはふれない。
最大の問題は、富の分配が大きく片寄ることだ。非正社員の比率は遠からず4割を超え、その賃金は正社員のほぼ半分だ。金融資産の65%を60歳以上がもっているので、富はますます高齢者に偏在する。成長しないのではなく、若者や非正社員は絶対的に貧しくなり、都市にはホームレスがあふれるだろう。
それでも年金は支給額や積立金で調整できるが、医療や介護はすべて同世代でまかなう賦課方式なので、現役世代の負担は激増する。今は赤字を一般会計の社会保障関係費で埋めているが、これが一般歳出の最大の部分を占め、財政赤字がさらに悪化する。1100兆円を超える政府債務が破綻するのは、時間の問題である。
だから格差の拡大を防ぐために成長は必要だが、「成長戦略」で問題は解決しない。安倍政権の「名目成長率3%で財政再建」という方針は時代錯誤もはなはだしい。必要なのは経済を大きくすることではなく、与えられた人的・物的資源を効率よく使うことだ。
これを「産めよ殖やせよ」や移民の受け入れで解決することはできない。今の社会保障のゆがみが大きくなるだけだ。それより医療や介護も民営化し、年金もなるべく民営に移行し、将来は負の所得税(ベーシック・インカム)のような年齢に依存しない制度に変えるしかないが、これも政治が手をつけようとしない。
もっと根本的な問題は、経済システム全体の効率化だ。日本人は勤勉で優秀だといわれているが、日本の労働生産性(付加価値/労働時間)はOECD(経済協力開発機構)の平均より低く、アメリカの7割程度だ。この最大の原因は、雇用慣行が硬直的で、資本効率が悪いからだ。
この根本には、戦時中に始まった日本型の国家資本主義がある。社会保障の目的は全国民を戦争に動員するために健康を守り、老後の面倒をみることだった。そして戦後、高度成長の恩恵を労働者にも分配するために年金や健康保険を全国民に拡大し、給付額も上がる一方だった。
この資金配分の中心は、政府とその監督下にある銀行だった。預金金利は低く規制され、低コストで調達した資金を基幹産業に投資してきた。これは資金不足の発展途上国が成長率を高めるには適した方式だが、今のように資金が過剰になると役に立たない。他の制度も成長が続くことを前提にしているので、成長が止まると破綻する。
つまり今の日本の行き詰まりの原因は、安倍首相のいう「戦後レジーム」ではなく、戦時中にできた国民を戦争に動員する戦時レジームにあるのだ。これを設計したのも(首相の祖父)岸信介だが、彼は最終的には財政が制約になることを自覚し、国家が国民の面倒をみる温情主義は過渡的なシステムだと考えていた。
しかし憲法改正を最終目標と考える安倍首相は、日本の行き詰まりの根本にあるのが戦時レジームであることを知らない。彼はいまだに成長がすべてを解決するという祖父の時代の経済政策を続けようとしているが、マイナス成長の時代に、政府がすべての国民の既得権を守ることはできないのだ。
憲法を改正しても、この経済システムのひずみは何も変わらない。非効率な企業が整理されず、資本効率が悪いため、余った資金は国債に投入され、それが財政破綻を先送りしているが、これも遠からず限界が来る。必要なのは戦時レジームを清算し、資本を効率的に使う普通の資本主義に戻ることしかないだろう。
<編集部より>池田信夫氏の「エコノMIX異論正論」は今回で終了します。6年間ご愛読ありがとうございました。
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