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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
「たられば」の空想で財政再建を放棄する安倍首相
政府が6月末に決める2020年度までの財政健全化計画が、大詰めを迎えている。「景気がよくなれば税収は増える」という安倍首相に迎合する民間議員は、1日の経済財政諮問会議で「歳出削減ではなく成長率を上げて税収増をはかるべきだ」と提言し、安倍首相は2018年にプライマリーバランス(PB)の赤字を対GDP比で1%とする「中間目標」を明言した。
歳出を削減しないで財政赤字が減るなら結構なことだが、そんな夢のような話が可能なのだろうか。日本の政府債務はGDP(国内総生産)の233%で、第2次大戦後のイギリスの250%に次ぐが、平時としては世界記録だ。イギリスの政府債務は戦争が終わると減ったが、日本はこれから超高齢社会になるので、債務はさらに膨張する。
図1は現在の健全化計画のもとになっている内閣府のシミュレーションだが、平均3%以上の名目成長率を想定した「経済再生ケース」でも、2020年度にPBは1.6%の赤字だ。成長率1.5%程度の「ベースラインケース」だと赤字は20年度に3%になって増え続け、政府債務は発散する。
「名目成長率が大きく上がったらPBが黒字になる」というのは論理的には正しいが、問題は何%の成長率が必要かである。歳出が増え続けるのを放置して成長だけでPBを黒字にするには、5%以上の名目成長率が必要だ。
名目成長率というのは実質成長率+物価上昇率(GDPデフレーター)だが、図2のようにここ10年の平均では名目成長率は0.6%である。2%以上の成長率は、1980年代のバブルのときが最後だ。2014年の実質成長率はゼロなので、名目成長率=物価上昇率である。
日本の労働人口は毎年1%以上減っているので、これに近い状況が今後も続くと思われる。したがって名目成長率を5%以上にするというのは、5%以上のインフレにすることに他ならない。『21世紀の資本』で話題になったトマ・ピケティも来日したとき、「日本のような巨額の政府債務を増税で正常化した国は歴史上ない」といい、「5%程度のインフレを10年続ければ政府債務は半減する」と提言した。
それも論理的には可能だが、歴史上5%ものインフレが安定して続いた前例はない。これは金融資産が10年で半分になることを意味するので、外貨や土地などへの資産逃避が始まり、円安・インフレが加速する。それはすでに始まっており、今のドル高の一つの要因だ。
日本は終戦直後に400%以上のインフレにして、戦時国債を紙切れにした。イギリスは70年代に20%台のインフレで政府債務を踏み倒し、財政は助かったが経済は破綻し、ヨーロッパの最貧国になった。つまりインフレとは、巨額の大衆課税なのだ。
日銀が国債を無限に買えば今の状況を続けることができるが、このような財政ファイナンスは財政規律をゆるめてさらに財政赤字を拡大する、というのが歴史の教訓だ。そういうときの政治家の決まり文句が「景気がよくなれば税収は増える」である。
「日銀の買う国債は政府が政府に金を貸すのだから政府債務から引き算できる」という説があるが、そんなことが可能なら、税金を廃止して歳出をすべて国債でまかない、それをすべて日銀が買えば「無税国家」ができる。
そんなフリーランチはない。今月に入って長期金利が急上昇し、0.5%を超えた。もし日銀の望み通りインフレ率が2%になると、長期金利はそれ以上になり、日銀は30兆円以上、民間金融機関は10兆円以上の評価損をこうむる。財政破綻で起こるのは、金融危機なのだ。
「成長率が5%になれば」とか「5%のインフレが10年続いたら」という空想をもとにして財政運営を考えるのは、財政再建を放棄するに等しい。政府債務を正常化するには、消費税なら30%ぐらい上げる必要があるが、コントロール可能だ。「インフレ税」はコントロールできず、国民生活を破壊する。
2012年末に安倍首相は「輪転機をぐるぐる回してお札を印刷すれば日本経済は回復する」と宣言して「大胆な金融緩和」に打って出たが、成長率もインフレ率もゼロだ。リフレ派の予言は、ことごとく外れた。もう嘘つきを信じるのはやめ、現実を直視してはどうだろうか。
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