コラム

「地域主権」が国家を破壊する

2014年01月21日(火)18時29分

 民主党は2009年の総選挙のマニフェストで「地域主権」を掲げたが、これは名辞矛盾である。主権とは「他の意思に支配されない国家統治の権力」(『広辞苑』)で、本来は絶対君主の権力を示す。具体的には、軍事力や警察力や通貨発行権である。「主権在民」などというが、国民には選挙権・被選挙権しかない。まして地方自治体に主権があるはずがない。

 ところが最近、自治体が国家を超える「主権」を主張するケースが目立つ。沖縄県の名護市長選挙では19日、「辺野古の海にも陸にも基地をつくらせない」と公約していた稲嶺市長が再選されたが、辺野古への米軍基地移転ついては日米両国と沖縄県が合意したので、名護市がそれを阻止することはできない。沖縄防衛局は21日、基地移転のための埋め立て工事の入札を開始した。

 他方、新潟県の泉田知事は東京電力の広瀬社長と会談し、東電の再建計画について「モラルハザードだ」などと批判して、柏崎刈羽原発の再稼動を阻止する考えを繰り返した。しかし原発の運転に県の承認は必要ない。発電所の立地については電気事業法で知事の同意が必要と定められているが、運転のたびに地元の同意を求めていたら電力会社の経営は成り立たない。地元との安全協定に法的拘束力はない。

 さらにひどいのは、東京都知事選挙に出馬を表明した細川元首相だ。彼は小泉元首相と一緒に「原発再稼働を認めない」と主張しているが、東京都には原発の許認可権はなく、原発もないので再稼動は拒否できない。告示まであと2日だが、候補討論会を2度もキャンセルし、公約も出てこない。都知事が具体的にどうやって再稼動を阻止するのか、手順を示せないからだろう。

 基地や原発がきらいだという彼らの気持ちはわかる。そういう迷惑施設が好きな人はいないが、国としては必要だ。地元に拒否権を与えたら、どこにも建てられない。米軍基地については、日米地位協定によって国にも拒否権はない。それがいやなら、国会で法律や条約を改正するしかない。

 ところが迷惑施設については、近隣の自治体に遠慮して国が法律を実行しないケースが多い。これは地元の「空気」が法律を超える拘束力をもつためだろう。日本の政治的意思決定は多数決だが、日本社会は江戸時代から全員一致が原則だ。一人でも反対すると納得するまで話し合いが行なわれ、一致しない問題は先送りされる。

 これは少数派の意見を尊重する点では悪くないが、利害の一致しないむずかしい問題が先送りされる。財政支出にはみんな賛成するが増税には反対するので、政府債務は1000兆円を超えてしまった。小泉氏が多くの国民の支持を受けたのは、自民党内の派閥力学や空気を無視してリーダーシップを発揮し、「決まらない政治」を打破したからだ。その彼が細川氏を使って安倍首相に空気で圧力をかけるのは、小泉氏の政治哲学と矛盾している。

 決まらない政治の原因は憲法ではなく、このような「空気の支配」を容認する日本社会にある。厄介な問題を「総論賛成・各論反対」で先送りしていると、最終的には国民全体に大きなツケが回ってくる。そういう巨視的な判断をすることが政治の役割だ。日本の政治を建て直すためには、何よりも法の支配を確立し、ルールにもとづいて意思決定を行なうことが重要である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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