コラム

国が東電を「支援」する無責任体制はもうやめよう

2013年08月27日(火)15時07分

 東京電力福島第一原発の汚染水が地下水や海水にもれている問題は、予想以上の広がりを見せ、いまだに全容がわからない。26日に現場を視察した茂木経産相は「汚染水対策は東電まかせでは解決は困難だ」とコメントしたが、率直にいって「今ごろ何いってるの?」という印象だ。

 福島事故は広範囲に影響を及ぼす国家的災害であり、賠償や廃炉や除染も含めた事後処理のコストは、最初から私企業としての東電が処理できる規模ではない。それなのに東電をスケープゴートにして、国が賠償だけを原子力損害賠償支援機構で「支援」する、というフィクションでやってきたことが、問題をここまで混乱させた原因だ。

 根本的な問題は、今回の事故の責任はどこにあるのかという点だ。原発事故は最悪の場合、数万人が死亡する可能性があり、民間企業ではリスクを負いきれないので、電力会社の賠償責任に上限を設け、それ以上は政府が賠償する、というのがほとんどの国の制度である。たとえばアメリカでは、電力会社の賠償責任は125億ドルが上限で、賠償額がこれを超える場合は議会が必要な行動をとることになっている。

 ところが日本の原子力損害賠償法では、政府が払う保険金の限度額は1200億円で、それ以上については第3条に「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない」という但し書きがある。これについて民主党政権は、今回の事故は第3条但し書きの適用対象ではないとして、東電に無限責任を負わせた。

 これによって東電は大幅な債務超過になったが、政府はこれを「支援」すると称して交付国債で資金援助し、東電は実質的に倒産したのに上場を維持している「ゾンビ企業」だ。いまだに広瀬社長が形式的には経営しているが、実質的な「親会社」は支援機構で、今回の汚染水処理のように巨額の資金が必要になると経産相が「社長」になる――という無責任体制である。

 しかし政府に責任はないのだろうか。国の安全基準では津波の想定は5.7mで、全電源喪失は想定しなくてもよいことになっていた。東電はその基準を守っただけだ。班目原子力安全委員長(当時)は、国会で「国の安全基準は明らかな間違い」と認め、指針の作り直しを決めた。ということは、間違った安全基準を設けた過失責任は国にあるので、政府も賠償責任を負うのが当然である。

 1200億円という国の責任限度額も問題だ。1961年に原賠法が制定されたときは限度額は50億円だったが、このとき国会で政府側参考人だった我妻栄は、これでは少ないのではないかという質問に「重大事故が起こると民間企業の事業が成り立たなくなる」と懸念を表明した。しかし大蔵省が巨額の財政負担を恐れたため、第3条但し書きの玉虫色の表現になってしまった。

 裏を返せば、本当に重大事故が起きたら国が何とかするだろう、という暗黙の了解があったのだろう。大鹿靖明『メルトダウン』によれば、今回の事故の直後に三井住友銀行の奥頭取が経産省の松永事務次官を訪れ、次官から「今回の事故は第3条但し書きに該当する」という口頭の了解をもらったとされている。

 つまり国が無限責任を負うことを前提にして、銀行団は2兆円の緊急融資を行なったのだ。この背景には、2006年に原子力安全・保安院が原発の耐震設計指針をつくったとき、その作成を松永氏が担当し、彼が班目氏のいう「明らかな間違い」の責任者だったという背景もあり、銀行もまさか国が逃げるとは思わなかったのだろう。

 ところが民主党政権は「東電の起こした事故を税金で賠償するのはおかしい」という世論に押され、財務省も経産省も事故処理の前面に出ることを恐れたため、結果的には第3条但し書きは適用せず、東電が無限責任を負うことになってしまった。この場合、破綻処理が必要になるが、前述の銀行団との約束があるため、東電は破綻させず、政府が際限なく国費を投入する無責任体制ができてしまったのだ。

 おまけに東電が負担する賠償額の半分は、他の電力会社にも発電量に応じて負担させる。これは何の責任もない第三者に「贈与」を強制する法律で、憲法違反(財産権侵害)の疑いがある。このコストは総括原価方式ですべて利用者に転嫁できるので、最終的には電気代と税金という形で国民がすべて負担するのだ。

 だから事故処理の体制を抜本的に改正して国が全面的に責任を負うと同時に、東電を存続会社と清算会社に分離し、清算会社が可能な限り国家賠償を負担する枠組にすべきだ。つまり「賠償支援機構」ではなく、国立の「原子力事故支援機構」に権限を集中し、廃炉や汚染水などの処理も含めて政府が一元的に処理するしかない。

 事故処理コストの総額は、今後何十年にもわたって総額数十兆円にのぼり、GDP(国内総生産)を大きく浸食する国家的問題である。今のように官民バラバラの無責任体制は、陸海軍と内閣と国会がバラバラだった日米開戦前夜に似ている。このまま場当たり的な対応を続けていると、かつての戦争のように処理体制が崩壊し、国民負担が際限なくふくらんで取り返しのつかない結果になる。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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