コラム

出口戦略のない「異次元緩和」はどこへ行くのか

2013年06月11日(火)19時50分

 日銀は11日の金融政策決定会合で、金融政策の現状維持を全員一致で決めた。株価が暴落し、債券市場が不安定になっているが、黒田総裁は追加緩和はせず、「戦力の逐次投入はしない」と強気だ。しかしこれは間違いである。戦争は一点突破だが、金融政策は微調整の連続だ。むしろいったん突撃すると決めたら退却しない硬直した作戦こそ危険である。

 黒田氏の始めた「異次元緩和」は、今のところ緩和効果どころか、長期金利を引き上げて、金融引き締めになっている。 もう一つの目標であるインフレも、先月の消費者物価指数は-0.4%で、予想インフレ率も低下している。 しかし黒田氏は記者会見で「緩和効果は順調に出ている」と強気の姿勢を崩さなかった。

(図)日銀のマネタリーベース残高(出所:日銀)
29180 20130611182245.png
 日銀の供給する資金量(マネタリーベース)は、上の図のように160兆円に近づき、小泉政権のときの量的緩和をはるかに上回っている。そのペースも毎月5兆円以上というハイスピードで、2年後には270兆円とGDP(国内総生産)の半分を超える。これは世界史上にかつてない莫大な資金供給の実験である。

 これによって起こったことは、民間の機関投資家を追い出して日銀が新発国債の7割を買い占め、国家財政を買い支える財政ファイナンスである。主権国家には通貨発行権があるので、財政が行き詰まったときは「輪転機をぐるぐる回して」お金を発行し、財政赤字を埋める誘惑に負けやすい。このため財政ファイナンスは発展途上国ではよく起こるが、先進国では珍しい。

 日銀が長期国債を買い続ければ金利上昇は収まるが、民間と違って日銀は簡単に国債を売ることができない。「日銀が売る」という噂が出ただけで国債の相場が暴落して、金利が暴騰するからだ。つまり金利が上昇局面になったとき、量的緩和から撤退する出口戦略が必要なのだが、黒田氏は国会で「出口戦略を考えるのは時期尚早だ」と明言した。

 いまアメリカでFRB(連邦準備制度理事会)が苦しい選択を迫られているのも、株式市場が市場最高値を記録するなどバブル状態の中で、出口戦略をどうするかである。バーナンキ議長が少しでも量的緩和から撤退するようなことを示唆すると、株価が暴落するため、市場は神経質になっている。

 まして日本の1%以下という長期金利は、17世紀のイタリア以来という歴史的な低金利であり、いつまでも続くとは考えられない。今までの低金利は、デフレに支えられた国債バブルであり、世界的に金利が正常化する過程では、出口戦略が必要になる。

 しかしすでに日銀のバランスシートはGDPの3割を超え、FRBより大きい。富士通総研の早川英男エグゼクティブ・フェロー(元日銀理事)によれば、「これほど長い国債を買ってしまったら全部売れないのは明らかだ。物価がプラスになり金利を上げる必要が出てくれば、付利(日銀当座預金の金利)を引き上げるしかない」という。つまりもう日銀に出口戦略はないのだ。

 金融緩和を戦争にたとえるとすれば、「2年で2倍!」と突撃しても成果が得られないとき、どうやって撤退するのかという出口を考えないで、ひたすら前進あるのみというのは危険である。黒田氏の作戦は、残念ながら失敗といわざるをえない。あとは犠牲を最小限に抑えて撤退することが名将の条件である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story