コラム

安倍政権のバラマキ政策が日本経済を救う唯一のシナリオ

2013年01月11日(金)13時30分

 きょう決まった「緊急経済対策」で、安倍政権は事業規模で20兆円の補正予算を打ち出した。9日に開かれた経済財政諮問会議では、安倍首相が日本銀行に2%の物価上昇率目標を設定するよう求め、日銀は21日の金融政策決定会合で目標を設定する方針と伝えられている。これを受けて円安・株高が加速し、市場は「安倍バブル」にわいているが、これで本当に日本経済は回復するのだろうか。簡単なシミュレーションをしてみよう。

 まず2%のインフレを起こすには、日銀は何をする必要があるだろうか。次の図は日銀の通貨供給(マネタリーベース)と消費者物価の動きだが、ここ30年間で物価上昇率が2%を超えたのは1980年代の前半と1990年前後だけで、2000年代はほぼゼロである。日銀が2002年から通貨供給を激増させた量的緩和にも、2010年以降の包括緩和にも、物価はまったく反応しなかった。


マネタリーベース(赤)と消費者物価(青)の前年比増加率(%)日銀・総務省調べ
99dd0c3d-s.png


 こうしたデータから考えると、金融政策だけで2%のインフレを起こすためには、過去の金融緩和をはるかに上回る通貨供給が必要だろう。といっても金利がゼロなので、銀行が日銀に預けている準備預金を積み増す「狭義の量的緩和」はきかない。長期国債などを買って、通貨が市中に出て行くことが必要だ。日銀の保有する国債残高は100兆円を超えたが、少なくとも200兆円以上にする必要があるだろう。

 これによって市場に大量の通貨が供給されるが、それだけでは何も起こらない。企業の資金需要が飽和しているので、余った資金は為替投機(ドル買い)などに使われるだけだろう。これもかつての量的緩和で起こったことだ。ゼロ金利の円を借りて米ドルを買う「円キャリートレード」が増えて、アメリカの住宅バブルの原因になった。

 余った資金を使うためには、財政支出が必要だ。補正予算で政府が需要を作り出せば、日銀の供給する資金は確実に使われ、GDP(国内総生産)は2%上がる・・・と安倍首相は記者会見で説明したが、この説明はおかしくないだろうか。財政政策でGDPが上がるなら、すでに金余りなのだから金融緩和は必要ないのではないか?

 実はゼロ金利で有効なマクロ経済政策は、ケインズ的な財政出動しかない。それだけだとまた「バラマキだ」と批判を浴びるので、政府は「国土強靱化」とかインフレ目標とか目先を変えているのだ。正味の効果は、この財政支出が何をもたらすかということだが、それは昔の安倍政権や麻生政権で実証ずみである。政府債務が増える効果だけは確実だが、GDPはゼロ成長で、デフレも変わらなかった。

 ただ今回の経済対策が、かつての自民党政権と違うのは、財政破綻のリスクが一段と切迫している点だ。崖に向かって転がり落ちてゆく車のアクセルを吹かしたら何が起こるかは、誰でもわかる。あと数年で、国債は国内で消化できなくなるだろう。今すぐ何かが起こることはないだろうが、そのうち長期金利が上がり始めたら日銀が止めることはできない。今回の大盤振る舞いが破綻を早めることは間違いない。

 その先に起こることも、だいたい予想がつく。財政が債務不履行になれば「リセット」できるが、そうはならないで日銀が国債を引き受け、大量に通貨を発行するだろう。それによって激しいインフレが起き、国債が暴落して、今のユーロ圏のように銀行が大量に破綻するだろう。しかもドイツという「深いポケット」のあるヨーロッパとは違って、日本は財政が破綻するので銀行を救済する資金がない。最終的には、IMF(国際通貨基金)の支援を求める必要が出てくるかも知れない。

 それが日本が立ち直る唯一の可能性である。1997年のアジア通貨危機でIMFに資金援助をあおいだ韓国では、IMFが緊縮財政を要求して財閥を解体した。韓国は大不況になったが、失業した若者が起業し、財閥が生まれ変わってサムスンのように変身した。明治維新でも敗戦でも、日本を変えたのは外圧だった。安倍政権のバラマキ政策は、内側から変わることのできない日本を変える「第三の外圧」を早めようという深謀遠慮なのかもしれない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 7
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story