コラム

なぜ政治は「AKB48総選挙」に近づくのか

2012年09月07日(金)13時11分

 解散・総選挙が近づいて、各党の代表選挙や総裁選挙をめぐる動きがあわただしくなってきた。民主党の代表候補として注目された細野豪志氏に、党内の有志11人が出馬を要請したが、その理由は「党の窮状を立て直し、政党政治の未来を見せてくれるリーダーの出現を望んでいる」というだけで、政策も政治理念もない。内閣支持率の落ちている野田首相では選挙に勝てないので、「イケメン」の細野氏で目先を変えようということだろう。

 政局の焦点になっている大阪維新の会は、比例区では自民党を上回る第一党になるとも予想されているが、いまだに候補者が決まっていない。その人気目当てに5人の議員が維新の会に参加すると表明したが、そのひとり松野頼久氏(民主党)は「TPP(環太平洋パートナーシップ)を慎重に考える会」の幹事長だ。大阪維新の会はその重点政策として「TPP参加」を掲げているのだが、松野氏にとっては政策よりも選挙で生き残ることが大事なのだろう。

 日本の政治で「政策より政局」が優先される傾向はかねてから指摘されてきたが、最近は「政局より人気」で政治が動くようになった。都市化して利益誘導がききにくくなる一方、有権者がメディアの作り出すイメージで政党を判断するようになったため、選挙が「AKB48総選挙」のような人気投票に近づいているのだ。

 1994年に公職選挙法が改正されて衆議院が小選挙区制になったとき、「派閥がなくなる」とか「政策本位の選挙になる」といわれたが、それから5回の総選挙をへても、そういう傾向は見えない。派閥の力は弱まったが、民主党にも「グループ」ができ、小沢一郎氏のように資金力のある政治家に群がる傾向は変わらない。少数政党が淘汰されたのはねらいどおりだが、大政党の政策は万人向けになって違いがわからなくなった。

 二大政党制というのは、英米のように階級対立が明確で所得格差の大きい国に特有の制度だ。ここでは政治理念によって政党がわかれ、激しい政策論争が行なわれる。アメリカの大統領選挙では、共和党のロムニー候補の政策がマサチューセッツ州の知事だったときに比べて保守色の強いものになり、「変節した」と批判を浴びている。アメリカでは政党の看板は「保守」とか「リベラル」というイデオロギーなので、自分がどっち側であるかを鮮明にしないと投票してもらえないのだ。

 ところが日本のように所得格差が小さく利害対立のまとまりがない国では、政治理念の対立はないので、イメージ選挙に走りやすい。具体的な政策では違いが出ないので、「政権交代」とか「現状打破」といった情緒的なスローガンを打ち出す。大阪維新の会の「グレート・リセット」も似たようなものだろうが、こういうスローガンが使えるのは1回だけだ。民主党のように政権をとった結果、何も変化を実現できないと、次の選挙では大敗する。

 このようなポピュリズムは大なり小なりどこの国にもみられるが、日本の政治の劣化が特にひどいのは、選挙が多すぎることが一つの原因だろう。衆議院議員の平均在職日数は2.75年。参議院を含めると1.37年に1度も選挙があり、これは主要国でもっとも短い。このため議員はいつも選挙を意識し、選挙区では冠婚葬祭に走り回る。政策よりも政党の人気が大事なので、当選したあと議員が党派を転々と渡り歩き、離合集散が激しい。特に政党の「顔」になる党首の人気が重要なので、選挙のために首相も次々と使い捨てる。

 こうした状況を是正する抜本的な対策は憲法改正しかないが、これは非常にむずかしい。法改正だけで選挙を減らす方法としては、衆参同日選挙を義務づけることが考えられる。具体的には、公職選挙法を改正して「総選挙は参議院選挙と同時に行う」と決めるのだ。たとえば、いま衆議院を解散した場合は2013年の参院選と同時に総選挙を行ない、以後は参院選の直前に必ず解散すればよい。

 こうすれば衆議院の任期は実質的に3年になるが、衆参あわせた選挙回数は現在の半分以下になる。同日選挙だと多数派が一致するので、衆参のねじれも起こりにくくなる。「首相の解散権を制約する」という批判があろうが、いわゆる7条解散(内閣不信任案が可決された場合以外に首相が行なう解散)が憲法の想定したものかどうかについては議論があり、イギリスでは2011年に内閣不信任以外の理由による解散は禁止された。まず多すぎる選挙を減らす改革に、与野党が協力して取り組んではどうだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story