コラム

家庭用電力の自由化で料金は下がるか――通信自由化の教訓

2012年05月25日(金)12時30分

 23日の新聞各紙は、いっせいに「東電利益9割は家庭から 電力販売4割弱なのに」(読売)などと大きく報じ、枝野幸男経産相は「この利益割合の具体的な数字が初めてわかった。透明性を高めさせないと世の中は納得しない」とコメントした。

 しかし、これは初めてわかった事実ではない。「東電の規制部門(主に小口電力)の販売電力量は全体の38%だが、営業利益の91%は規制部門から上がっている」という数字は、今年2月に当コラムで紹介したもので、これは2006~10年の平均だ。

 こんな旧聞が今ごろニュースとして報道されたのは、23日に申請された東電の家庭用料金の値上げ案を受けて、経産省が「記者レク」をしたためだろう。経産省は家庭向け料金を自由化する方針を打ち出しており、マスコミ各社に「電力会社は家庭用でもうけすぎている」という情報操作を始め、勉強不足の記者がそれを「新事実」として報じたわけだ。

 家庭用電力(50kW以下)の自由化を進めるのはいいことだが、それによって家庭の電気代は下がるだろうか。全面自由化が10年以上前から先送りされてきた最大の原因は電力会社の反対だが、経産省にも慎重派が少なくない。その理由は、電力会社のインフラの優位性が圧倒的に大きい中で料金を自由化すると、値上げし放題になるおそれがあるからだ。

 自由化で料金を下げるには新規参入が必要だが、現在のPPS(独立系発電業者)は重厚長大産業ばかりで、東電と真剣勝負する気がない。自家発電の余った電力を売るために営業しているのがほとんどである。家庭用を自由化しても、東電の管内だけで1700万世帯。設備投資は兆円単位になる。そんな巨額の資金を調達でき、インフラ技術をもつ企業は数えるほどしかない。

 同じような問題は、1980年代の通信自由化のときもあった。世界的な自由化のきっかけになったのは、AT&T(米電話電信会社)の分割だが、このときはAT&Tと競争して訴訟で闘ったMCIなどの競争相手がいたが、日本の電電公社は多くの「ファミリー企業」を従え、大企業の大口顧客だったため、競争しようとする業者がほとんどなかった。

 そこで当時の中曽根政権は、第二臨調(臨時行政調査会)で電電公社の分割・民営化の方針を出すとともに、京セラやセコムなどの新興企業に「第二電電」(現在のKDDI)という会社をつくらせた。しかも電電公社のもっていた長距離電話用のマイクロ回線を1ルート、第二電電に貸すよう求めた。

 NTTの真藤恒社長はこれを認めた。社内には反対が強かったが、彼の最大の敵は競合他社ではなく、30万人の組合員を擁する全電通(現在のNTT労組)だったからだ。自民党政権の意向を受けて、国鉄に続いて労働組合をつぶすために送り込まれた真藤氏にとっては、経営合理化を進めるための「仮想敵」が必要だったのだ。

 1985年の電電民営化のときは、第二電電の他にも国鉄系の日本テレコム、道路公団系の日本高速通信の3社のNCC(新通信事業者)が参入した。郵政省(当時)はNTTの加入者線(電話局と家庭を結ぶ回線)を開放させるとともに、NCCにはNTTより安い料金を認可するなどの非対称規制を行なった。このような「管理された競争」には批判も強かったが、今となってはその成果が弊害を上回ったことは明らかだ。

 民営化当時の電電公社の売り上げは約5兆円で今の東電とほぼ同じだが、10電力全体では15兆円。物価を勘案しても当時の電話の1.5倍の産業だから、自由化するには大きなパワーが必要だ。通信自由化の教訓としていえるのは、日本では新規参入や料金を自由化するだけではだめで、政治の強い指導力と新興企業の起業家精神が必要だということだ。

 今の野田政権に当時の中曽根政権のような腕力があるかといえば、残念ながらまったく期待できないが、企業の側には可能性がある。携帯電話でもうけた通信業者は、潤沢な資金とインフラ技術をもっている。スマートメーターの開放は加入者線の開放と同じような意味があり、家電メーカーにとっても新しいビジネスになりうる。

 エネルギー産業は、情報通信技術と結びついてイノベーションを生み出す可能性を秘めている。日本の企業がアップルやグーグルのような超高速イノベーションに追随するのはむずかしいが、エネルギーのようなインフラ型産業では高い信頼性やサービス品質が競争優位になるかもしれない。通信自由化の成功に学んで、政府と企業が協力するときである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story