コラム

「消費税増税の前に**が必要だ」という逃げ口上

2012年04月13日(金)13時50分

 消費税をめぐる国会の議論は解散や大連立などの政局的な話ばかりで、肝心の増税が必要かどうかはほとんど話題にならない。自民党も増税には賛成なので、争点は時期だけだ。反対派はみんな「増税の前に**が必要だ」というが、これは問題を先送りする政治家の逃げ口上にすぎない。主なものをあげてみよう。

1)増税の前にムダの削減が必要だ:これは民主党がかつて言っていたが、2回の事業仕分けで削減できたムダは1兆円にも満たない。予算の中に、誰が見てもムダな歳出なんてそんなにあるはずがないのだ。議員歳費や公務員給与の削減も、やらないよりましだが、1000兆円に達する政府債務に対しては焼け石に水である。財政赤字の最大の原因は社会保障なのに、与野党ともそれにふれようとしない。

2)増税の前に景気回復が必要だ:これは民主党内の反対派が主張し、増税法案には「名目成長率3%、実質2%」という努力目標が書き込まれたが、ここ10年平均の名目成長率が0%、実質成長率が1%の日本で、どうやったら3%成長が実現するのか、教えてほしいものだ。目標を掲げるだけで成長するなら、誰も苦労しない。民主党の「成長戦略」も同じ数字を掲げたが、何の意味もなかった。

3)増税の前に解散・総選挙で民意を問うことが必要だ:これは自民党の主張で、消費税の増税はマニフェスト違反だというのはその通りだが、民主党のマニフェストで実現したものがいくつあるのか。もともとマニフェストが非現実的だったのだから、それを改めるのは当たり前だ。マニフェストの元祖イギリスでも、マニフェストを一言一句守ることは求められない。

4)増税の前に「埋蔵金」の活用が必要だ:これはみんなの党が主張しているが、埋蔵金は主として特別会計の剰余金であり、特殊法人などへの出資金などは、その団体を清算しないと回収できない。すべての政府系団体をつぶして資金を回収しても、出てくる資金は200兆円程度。これを差し引いても政府の純債務は約800兆円である。

5)増税の前に金融緩和が必要だ:これは超党派の「デフレ脱却議員連盟」などが主張している。ゼロ成長でも、3%のインフレを起こせば(2)の目標は達成できるが、2000年代の平均インフレ率は-1%である。日銀は福井総裁時代にマネタリーベースを最大36%も増やしたが、デフレは止まらなかった。今回の「インフレ目途」で為替は動いたが、その効果も一時的だった。原理的に、金融政策で持続的な成長率を上げることはできない。

6)増税の前に消費税を地方税にすることが必要だ:これは大阪市の橋下徹市長の主張だが、今ごろこんなそもそも論をしていたら間に合わない。財政破綻は早ければ2015年ごろにも予想されているので、2015年に10%という今の法案でもぎりぎりであり、税率も5%でも危ない。

「不況で増税すると税収が減る」というのも嘘である。1997年の消費税率引き上げによって、消費税収は5兆円増えた。その後の金融不安で所得税や法人税が減ったことが、税収減の原因である。「増税すると歳出削減のプレッシャーがなくなる」というのが小泉内閣の方針だったが、結果的には歳出削減は中途半端に終わり、財政赤字はふくらむ一方だった。

 遅かれ早かれ増税は避けられないのだから、問題は増税に賛成か反対かではなく、いま増税するか後で増税するかである。増税を延期すると、財政破綻のリスクが高まるばかりでなく、世代間格差が拡大する。これは若者だけの問題ではなく、財政が破綻してハイパーインフレや金融危機が起こると、いちばん困るのは年金しか収入のない高齢者だ。財政を再建するには社会保障を削減する必要があるが、それを待っていたら、いつまでたっても増税はできない。「増税の前に」ではなく、増税と併行して社会保障の見直しを進めるべきだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story